「…よかったの?」

「ん?何が?」

「来夢とキィ。……あんな怪しいやつに預けちゃって」



Nから十分に距離をとったところで、チェレンが難しい顔のまま尋ねてきた。
オレはその言葉に一瞬きょとんとして、それからへらりと笑う。



「大丈夫だよ」

「…なんで言い切れるの?」

「勘。」

「勘って、キミね…」



真顔でドきっぱり言ってやると、チェレンが呆れたように口元を引きつらせる。
まあそれは冗談として、とオレは近くにあったベンチにどかりと腰掛けた。



「別に、うちの子達と喋りたいって言ってるだけなんだから害も何も無いだろ。それに、何かあったら相手より先にキィの電撃が唸るから正直心配はして無い」

「あー……確かに」



はっはっはと笑いながら言い切ったオレに、チェレンはなんともいえないような表情を浮かべたまま同意した。
まあ、あの子の電撃の恐ろしさが一番身にしみてるのは、対峙したチェレンだろうしねー。
視線の先では、Nとキィと来夢がなにやら楽しそうに話している。…あーちくしょう、いいなあ。オレもあそこ混ざりたいなぁ。



「――――コハク」

「ん?」

「君は、彼の言葉を信じているのかい?…ポケモンの言葉がわかるって言う…」



その質問に、オレはチェレンを振り向いた。
チェレンはオレを見ることなく、その眼は真っ直ぐにNたちを見つめてはいたけれど…ああ、すっげー疑ってますって顔してらぁ。



「―――ポケモンの言葉、ねぇ…」



信じる信じないって、オレの中ではもはやそれは問題じゃないんだよなぁ。
オレは実際に彼らの声を『聴く』者だし、それを回りに言いふらすつもりは今のところ無いけれど、…そうだなあ。



「チェレンは『信じてない』って顔してるね?」

「当然だよ、非科学的だ」

「ははは、そっか」

「…………でも、」

「うん?」

「もしそれが本当なら、……少し羨ましいなとは、思うよ」

「…羨ましい?」

「僕も一応、ポケモントレーナーだからね。…自分のポケモンたちがなにを望んで、何を求めているのか……それを知りたいと思う気持ちは勿論あるよ。怪我や病気になったときだって、言葉が通じればいち早く処置が出きるし、それはバトルだって、普段の生活の中でだって」



オレは無言で空を見た。チェレンは、今朝託されたばかりのポカブのボールをじっと見つめている。
…そっか。羨ましい、か。



「………そーだよなー…オレも、昔は『ポケモンと話せる能力があったらなあ』って、思ってたなぁ」



ここと違って、オレにとっての『ポケモン』はゲームの中の…画面の中の存在だったけれど。
手に触れられる存在ですらなかったけれど、オレは彼らを望んだ。データの塊でしかない彼らと、共にいられたら。言葉を交わして、手を繋いで、抱きしめて。

まさかその思いが、中学卒業間近になってかなうとは思わなかったけどなー。



「昔は…って、今は思ってないの?」

「うん?」



チェレンの言葉に思わず言葉を詰まらせる。
………思ってないって言うか、喋れますしね。もうそういう次元の話じゃなくなってんだけどね。さて、なんと伝えればいいかなぁ…。



『コハクーっ!』

「お?」



ふむ…と少し考えをめぐらせていると、不意にキィが膝の上に飛び乗ってきた。
ちょっと驚いて視線を上げれば、來夢もその後ろからこちらへ向かって走ってくるのが見えて。



「二人とも、話はおしまい?」

『うん、それでね、Nもう行くってー』

『たくさんお話してきたですよ!』



ちょい、とキィの小さな指が指し示す先にいるのは、チョロネコを肩に乗せたままこちらを見つめるN。
キィがいつものように肩に登ったのを確認して、ベンチから立ち上がる。そのまま駆け寄ってきた來夢を抱き上げて、オレはNのほうへ足を向けた。



「もういいの?」

「ああ。…彼らの言葉は、十分わかったから」



そう言って、Nは深く帽子をかぶりなおした。
彼の眼が、影で見えなくなる。



「…解けない数式を、見つけてしまった」



それは、風が吹けばかき消されてしまいそうな、小さな小さな呟きだった。







*僕らの旅が、始まる

(君との出会いも、それを告げる)









(次はアニポケ!)



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