obstinate girl
*社会人ヒロイン
「おはようございます。朝早くからごめんね?」
「ナマエさん?えっ?おはようございます」
白い息がより一層その寒さを実感させてくれるこの時期。はぁと上手く動かない指を動かしインターフォンを押せば驚いた顔の千草ちゃん。にっこりと笑えば同じように笑い返してくれる。その表情が凛くんを思い起こさせて少しだけ胸が軋んだ。
「凛兄いまお弁当の準備してて…あのっ呼んでくるので―」
「ううん、大丈夫。忙しい時間にごめんね」
私がゆっくりと首を振れば眉が一気にハの字になる。そんな表情をさせたい訳じゃなかったのにな…心で再度謝って手に持っていた袋をほぼ押し付けるように千草ちゃんに渡す。
「えっこれって」
「凛くんへのケーキ。きっと自分で作ろうとするでしょ?だから」
「でもっそんな貰えないです。と言うかやっぱり凛兄に直接―」
「ううん。もう会社いかないと…ありがとうね千草ちゃん!」
またねと水戸部家に背を向け駆け出す。きっとさっきより困った顔の千草ちゃんが玄関で立ち竦んでいるんだろう。
数日前に下らない事で喧嘩して、と言うか私が一方的に怒って凛くんを傷つけてしまった。暗くなった表情が頭から離れない。年齢を重ねるたびに意固地になって謝れなくて…せっかくの誕生日なのに。せめてものきっかけにとケーキを作った。そして、今日の12月3日の朝、水戸部家へ向かってドアをあけたのが凛くんだったら素直に謝る。ご家族だったら渡して帰る…なんて一人でそんな賭けをして見事に負けてケーキを押し付けてきて。
「…何やってるんだろうねぇ」
本当は会社まで時間はたっぷりあるし溜まっている仕事もない。肌を刺す冷たさに身震いしてマフラーに口元を再度覆いなおそうとした手は、ぐっと違う温もりに遮られた。
「…っはぁ、」
「な、んで」
わざと違う道を選んで走ってきたはずなのに。どうして君はこんなにも私を見つけられるの?震える指先でその手を振りほどこうとすれば、それよりも早く腕ごと取られて見慣れた腕の中へ。ふわり包まれる香りにぎゅっと胸がしめつけられる。
「……凛くん」
ナマエさん、
いつもより低い声は少しだけ怒っている印。視線を合わせるようにしゃがみこんだ凛くんにそっと頬をはさまれる。重なった澄んだ瞳の奥に泣きそうな自分の顔がうつる。
「ごめ、ん…くっだらない、こと、でっ」
ゆるく首を振って目尻から溢れた雫を拭ってくれる。その手つきが優しすぎて余計に止まらないの気付いてないでしょ?
「…ごめっ、り、んくん」
しゃっくりまで出る始末で余計泣けてきて俯いてしまう。そうすれば大きな手がゆっくりと私の頭を撫で顎に手がかかる。ふわり触れた唇は冷たくて、でもそれ以上に嬉しくて私はぐっと凛くんを引き寄せて抱きついた。
小さな子どもをあやす様に緩く叩かれる背中。どっちが大人かわかんない、と思わずもれた苦笑と共にまた凛くんと視線を合わす。
「…お誕生日、おめでとう」
ありがとう、ナマエさん
ぎゅっと抱きしめられながら
この優しい人がいつまでも幸せであるようにと願った