黒子
お風呂上りにぼんやりとタオルで頭をふいていると、鈍い音を立ててそれが揺れた。そっと無機質なそれに視線を投げれば新着メッセージの文字。ゆっくりと指先で辿れば思わず口元が緩む。
[…今から出て来れないかな?]
「今、から?まさか―」
そのまさかを実行する彼女の行動力にはときに羨ましくもあり、それ以上に心配になってしまう。
「ナマエさんっ!こんな時間に何を」
「とりっくおあとりーと!」
玄関を急いで出れば、パーンという破裂音と紙吹雪。ひらひらと舞うそれに目がいくはずもなく、驚いて立ち尽くしていれば少し気落ちした声が届く。
「…やりすぎちゃった?」
「いえ、ただ驚いただけですよ」
そうやんわりとさがってしまった頬に手を添えれば、ふわり少しだけ熱を持つ。その姿に小さく笑い少し待っていてくださいと玄関へと駆け戻る。手にそれを掴みナマエさんの元へ戻ればそわそわと落ち着かない様子にボクはまた小さく笑った。
「お待たせしました。お菓子です」
「ありがとう!押しかけちゃってごめんね?」
「いいえ、大丈夫ですよ。今日のイベントに参加されてたんですね」
「うん。従妹がどうしてもってきかなくて」
街のハロウィンイベントに従妹さんは乗り気で。先程から一人でこの辺り一帯のお家へ足を運んでいるらしい。
「さすがにテツヤくんの家は私がって思って」
「ありがとうございます」
二人、顔を見合わせて笑い合う。こんな時間に会えるなんて思っていなくて心が浮かされる。
「では、ボクも言ってもいいですか?」
「えっ―?」
「ナマエさん、Trick or Treatです」
「えっ、あっちょっと待ってね今お菓子を―」
「遅いので悪戯しますね?」
細い腕を引き寄せて自分の胸へと引き寄せる。そうすれば、慌てたような声があがるが聞こえないふりをして。ゆっくりと愛しさを込めて触れる。
そっと体制を戻せば、少し離れたところからナマエさんを呼ぶ声が聞こえる。固まったまま動く気配のない姿に小さく笑って、ぐいっと彼女の肩を動かした。
「ナマエ!ちょっともー探したんだから」
「では、ボクはこれで」
「わざわざすみません。ありがとうござ―ってナマエ?顔真っ赤だけど大丈夫?」
「……だ、だいじょ、ぶ!」
「また明日です、ナマエさん」
きっと明日も良い日になりますね
そう笑いながらボクは家へと戻った