黒子
「ナマエさん、何してるんですか?」
相変わらずの気配の少なさに心臓が跳ねる。そんな私の様子に笑い声を忍ばせて座り込んだ私の手元を覗き込んでくる。
「うん?ペディキュアだよー」
「…ぺてぃきゅあ?」
反対側に同じように腰を下ろしたテツヤがこてんと首をかしげる。その姿に2号を思い出してくすりと笑う。
「あぁ、マニキュアのことですか」
「そうそう。ただ足の方はペディキュアって言い方みたいなんだけど」
詳しくは知らないからわかんないんだけどね、と言えば後で調べておきます、なんて真面目な返答にまた小さく笑った。そして、そのまましばらくボトルの液体よりも鮮やかな瞳はまっすぐに私の爪先に視線を注ぐ。あまりにも不思議そうな顔をするから頬が緩むのを止められない。
「初めて見る?」
「そうですね。母親もしているところを見たことがなかったもので」
「そうかぁ。ねぇ、塗ってみる?」
「えっボクがですか?」
「うん。テツヤ器用だから大丈夫だよ」
はい、と彼と同じ色のボトルを渡せば先程より瞳が見開かれる。恐る恐る刷毛を手に取り私の爪を鮮やかにする。
「…こう、ですか?」
「そうそう〜やっぱりテツヤうまいね!」
予想以上に彼はすいすいと私の爪先を鮮やかな水色に染め上げていく。速乾性ということもありものの数分で完成した。その出来上がりに私は感嘆の声を上げることしか出来ない。
「すごーい!とても綺麗だよテツヤ」
「そうですか?初めてだったのですがナマエさんにそう言っていただけて良かったです」
ほっと息をついて唇の端があがるのを見て私も嬉しくなった。ガチャガチャと一式を片付けながら肩にもたれかかる。そうすればぐっと抱き寄せてくれる。そうすれば心臓が音を立てて跳ねる。
「我が儘言ってごめんね?」
「いいえ、ボクも良い経験になりました」
「そう?でも、本当ありがとね」
言いつつ頬に唇を寄せれば驚いた顔。その不意打ちに弱いところも好きだよ?いつものやられてばかりのナマエさんではないのです、と内心ほくそ笑んでいると、いつもより少し低い声が耳に飛び込んでくる。
「ナマエさん…」
「……な、に?」
この感じは…
ぞくりと背中を走るものは経験上、嫌というほど知っている。にっこり、そう表現するのが一番の表情で彼は楽しそうに私の頬に指を滑らす。
「上手くできたボクにご褒美がまだですよね?」
「えっご褒美?今のキスじゃ、だ、め…です、か…?」
「えぇ。全然足りませんから、ね?」
そう先程まで赤くなって驚いていた彼は何処へやら。某不思議の国の猫よろしく彼は唇の端をあげて私の名前を呼ぶ。そして、ゆっくりと足先に指先を這わせ、声をあげようとした私の唇を優しく塞いだ。