タ(タンポポ:真心の愛)
*未来捏造
「おかえりなのだよ」
「真太郎、おかえりなさい」
コンロの火を弱めてパタパタと玄関へ向かえば、ちょうどスリッパに履き替えようと俯く真太郎。そっと鞄に手を伸ばし受け取れば、いつものようにはにかみながらありがとうと言われるだろうと思っていたのに。瞳が合った瞬間に表情はピシリとまるで石になったように固まってしまった。
どうしたの、と声を掛けるまもなく、がしりと手首をつかまれ無言のままリビングへ連れて行かれる。
「ちょっと真太郎?」
ばふんと無理やりに座らせられたソファに向き合うように真太郎も腰をおろす。そして両肩をぎゅっと掴まれ眼鏡の奥からのぞく透き通る緑が揺れた。
「…どうしたのだよ」
「えっ何が?」
「だから、どうして……髪を切って、しまったのだよ」
肩の圧迫感は消え、ふわりと頬を撫でられる。くすぐったいと首をすくめればさらりと頬にかかった髪を掬われる。
あぁ、そう言えば昼間に切ったんだったとなんてぼんやりと思い出しているとぐいっと視線を合わせられる。
「ナマエ、どうして髪を切ったのか説明してもらうのだよ」
「真太郎どうしたの。そんなに私の髪が好きだったの?」
「……あぁ。触れるのすら躊躇うほど、この綺麗に流れるナマエの髪が、俺は好きだ、」
愛しそうにゆっくりと触れられぐっと頬の温度があがるのがわかる。相変わらず天然たらしめ、と苦笑しつつ私は理由を話すべく真太郎の手をとめ、ぎゅっと握り合った。
「あのね、真太郎」
「あぁ、」
「私が髪を切ったのは邪魔になるから」
「邪魔?どうして今までだって―」
「この子が大きくなったら邪魔かと思って、ね」
そう言いながらまだぺたんこのお腹を撫でれば、ぱっと見開かれた綺麗な緑の瞳が私を射抜く。その表情が間抜けすぎて思わず笑ってしまえば、それでやっといつもの真太郎に戻ったらしくコツンと頭を軽く叩かれた。
「…ナマエ、それは本当か?」
「うん。今二ヶ月だって……真太郎?」
向かい合いそう言えばぐっと眉間に皺が寄った。その表情に不安になり真太郎につめよる。
「真太郎は嬉しくない?嫌だった、の?」
「そんなことはないのだよ!嬉しいに決まっている」
「良かった…」
ぎゅっと握り合った掌からじわりと伝わる真太郎の温度にいつもより緩くなった涙腺から雫がこぼれていく。
「ナマエ?どうした??どこか痛むか?」
「…ううん。嬉しくて、ね」
「当たり前なのだよ。俺達の子どもを授かってくれて、ありがとう」
「こちらこそ。真太郎との子どもができて幸せよ」
額をコツンとぶつけて微笑みあう。一瞬の不安も吹き飛ばす彼の微笑みにじわりと心に広がっていく気持ちに身をゆだね瞳をゆっくり閉じた。
ねぇ、真太郎
貴方が思う以上にきっと私幸せよ?
小さく心で呟いて瞳をゆっくりと閉じ
優しすぎる唇のぬくもりに身をゆだねた