あれからまた、桜の季節がやってきた。
薄紅色の花びらが、ほんの少し冷たさの混じった爽やかな風に流され、まるで雪のようにふわりふわり降り積もってゆく。
「帰って来るなり、こんな所に呼び出して。あんたって、大概ロマンチストねェ」
そう言うと、想は何も言わずに、ふっと穏やかに微笑み、満開の桜を見上げた。
随分久しぶりに会ったというのに話もそこそこにして、二人並んでその幻想的な情景に見惚れていた。
彼が米国へ旅立って数年。
目まぐるしいほどに時は流れていき、次第に色褪せていった思い出たち。
変わっていくこと。
変わらずにあるもの。
それぞれにたくさんあった。
自分たちはというと、特別だけど、特別じゃない、そんな曖昧な関係のままだ。
それには納得もしていて、これといった不満も特にないのだけれど……。
あと何度、こうやって一緒に桜を見られるんだろ。
このまま続いていくのかなァ……?
可奈がぼんやりと考えていると、隣で想がぽつりと呟いた。
「世の中にたえて桜のなかりせば春の心はのどけからまし……ですね」
「……なんだよ、それ?」
「いえ、とても綺麗だと思って。……水原さんも、そう思いませんか」
此方を見ないままに、穏やかに紡がれる言葉。そして、遠慮がちに想の手がそっと伸びてきて可奈の手に重ねられた。
「……僕も……心穏やかではいられないですけど、ね」
想が頬をわずかに赤く染めて言うと、可奈はその掌の温かさを強く意識してしまい、鼓動が跳ね上がってしまった。
きっと、この関係も少しずつ変わっていくのだ。
そんな予感がした――
世の中に たえて桜の なかりせば
春の心は のどけからまし
在原業平『古今和歌集』
――この世界に、まったく桜の花が無かったならば
春を迎える人の心は穏やかでいられるだろうに。