■『溺れる鳥』妄想。
「――そもそも、毎回毎回なんでここへ来て愚痴を言う必要があるんですか?」
 AI裁判の一件以降、度々水原さんが訪れるようになった。その度に愚痴や相談事を聞かされる羽目になったことについては、ある程度想定していたのだが――
「そんなに困っているなら僕でなくてもいい筈でしょ。多分、あなたなら?燈馬想?は力になってくれると思いますよ」
 そのつもりで彼の連絡先を渡したのだ、と言ってはみたけれど、当の彼女は興味なさげに溜息を吐いた。
 燈馬想への伝手を欲しがる人間はとても多い。ある時は有力者への足掛かりとして、またある時には便利屋として、それはもううんざりする程だ。
 彼女がそういう輩でないことは先日の案件で分かったし、だからこそ連絡先を渡しても問題ないと考えたのだが、こうまで興味を持たない人も珍しい。……そもそも彼女が、彼のことを知らなかったというのも要因としては大きいのだろうが。
「言わなかったっけ? よく知らない人だし何だかいけ好かないって」
 そう言って一蹴する。彼女の中での?彼?は、一体どんな人物なのだろうか。多少は興味を惹かれるものの、内心は少し複雑だった。
「それを言うなら、水原さんは僕のことだってよく知らない筈です。そうやって簡単に人を信用するのも程々にした方がいい」
 僕の忠告に彼女はさほど気にしていない様子で肩を竦めた。
「そういえば……何でだろうね?」
 言いながら小首を傾げる。とても不思議そうに。
 どうしてそう易々と信じるのかが僕には理解できそうになかった。
「僕はあなたが考えている程いい人間じゃない。もしも悪意を持って接していたなら、いくらでも――」
「でも、助けてくれたでしょ」
「……」
「どれだけその燈馬想って人が凄いのかは私には分かんないけどさ。会ったこともない天才よりも目の前にいる?名前も知らない誰かさん?の方がいいって思ったんだ」
「それは……ただの感情論であって、論理的ではありませんね」
「そんな理屈はどうだっていいじゃん。こう見えても人を見る目だけはあるつもりなんだから! ……頼りにしてるよ、えっと――」
「僕は、名乗る気はありません」
「そ。じゃあいいや」
「え…?」
 もっと食い下がって来るかと思ったけれど、意外にもあっさりと彼女が引いたことに驚かされる。
「理由は知らないけど、名前、言いたくないんでしょ? だから、あんたが名乗りたくなるまで聞かないことにする」
 その方が楽しいじゃん、と彼女はくすくすと笑う。
 楽しいとか楽しくないとか、そういう問題でもない気がするけど。
「これからもよろしくね、フリーのシステムエンジニアさん?」
 ただ、そうやって笑顔を浮かべている彼女を見ていると、そういうのも悪くはないと考える自分がいた。


***


「人を見る目、か…」
 彼女の後姿を見送りながら独りごちる。
 名乗りもしない人間に信頼を寄せるなんて、どうかしている。
「……そんなに、僕を信用しない方がいいですよ?」
 いつか、本当のことを伝えたのなら、彼女はどんな反応をするのだろうか。




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