「僕の人生で最大の失敗は、あなたに出会ってしまったことですね」
燈馬は自嘲めいた笑みを零しながらぽつりと呟いた。いきなり真面目な顔をして何を言うのかと思えば、あまりにもあまりな言葉を耳にして可奈は思わず声を荒げた。
「失敗って、どういう意味だよっ」
手こそ出なかったものの言葉の端々に不満が滲み出る。睨みつける可奈の視線が穏やかなものでないことに気づいても、燈馬は我関せずといった体で涼しい顔をしていた。
「言葉どおり、失敗ですよ」
念を押すように聞き捨てならない言葉をさらりと吐く燈馬には、悪気があるようには見えなかった。台詞に対しておよそ似つかわしくない穏やかな笑みを浮かべており、可奈を見る視線もいつものように優しい眼差しのまま。その態度には少しも悪びれた様子はない。
彼はただ、普段どおりに思ったままを口にしただけなのだろう。
誰がどう思おうと自由だとは理解しているし、燈馬に他意がないことも分かっている――不器用ではあるが、無闇に他人を傷つける人間でないことも。
だが、いくら楽観的な可奈といえども、それなりに親しくしている人間に面と向かって言われると、ぐさりと胸に突き刺さるし気にならない訳がなかった。
普段は意識しないのだが、その視線の先に見えている世界は自分たちのそれとは違うのだろうと感じることが少なくはないし、目の前にいるのに此処にはいないような……時々別世界の人間のように感じられることだってある。すべてを理解できると考えること自体が烏滸がましいとは思うが。
今まで過ごしてきた中で、出会った当初の彼からは想像もつかない言葉もあったし、可奈だって燈馬と出会わなければ見えなかった風景もたくさんあった。
お互いに理解し難い部分は未だ多くあるけれど、それらの今までの経験や思い出すら否定してしまうのかと可奈は哀しくなった。
ゆっくりと深呼吸をし下唇を噛んでなんとか気持ちを落ち着けようとするが、息をすればする程に鼻の奥がつんと痛くなる。可奈は少しでも油断すると視界が滲みそうになるのを感じながら、感情の波が早く過ぎさるように落ち着けと念じた。
「――まさか、他人の価値観をひっくり返すような人に出会うとは思わないでしょう」
俯いたまま動かない可奈に向けて、燈馬は小さく嘆息した。そして、困ったようにはにかみながら静かな声で続ける。
「それに僕は……あなたにやられっぱなしで、この先もずっと勝てる気がしません」
その言葉に思わず顔をあげると、複雑そうな笑みを浮かべた燈馬と視線が合った。
そう言えばこいつは意外と負けず嫌いだったよなと可奈は思う。
面倒臭い言い方は相変わらず直らないし、言葉足らず過ぎだろ! と胸の内で毒づきながら
「簡単に勝てると思わないでよ?」
と、にやりと笑い返すと、燈馬は参りましたとばかりに肩を竦めた。