始まりの時


雲一つない青空が広がっていた。
円形の太陽がそこには浮かび、地上を暖かく照らしている。
暑過ぎない、丁度良い温度だった。

桜が今にも咲きそうになっている木々に囲まれた場所。
そこに、一つの小さな研究所が建っていた。
その研究所に住んでいるのだろう二体の影が、扉を開けて外へと出てきた。

一見人のようだが、正体はその研究所――ドクターライトの研究所で生まれた、工業用の人形ロボットだった。

身長の高い紫のロボットと、その青年の半分より若干ある身長の青のロボット。
紫のロボットは、頭に二つのベルのようなものが付き、胸元には青の長針と赤の短針がついた時計をつけている。
全体的に紫の色合い――名をタイムマンと言った。

タイムマン――タイムは、研究所の扉をゆっくりと閉めると、傍にいた青のロボットを愛おしそうに見た。
そんなタイムに応えるように、アイカメラを伏せて微笑み見る青のロボット。

青のロボットは、フードの付いた装甲に黒色のボンベを背負っている。
首には、細かい装飾が施された金色の懐中時計をかけていた。
全体的に青の色合い――名をアイスマンと言った。

「…予定時刻通り。行くか、アイス」
「はいであります、タイム」

二体はそう会話をすると、踵を返して歩き出した。
アイスの小さな手を、タイムは何も言わずに握る。
そんな彼の手を、アイスは優しく握り返した。

今日は休みの日。
――二体のデートの始まりだった。

二体は男性ロボット同士だが、兄弟であり、そして恋人関係でもあった。
男性同士の恋愛は世間的に徐々に認識されてはいるが、中々受け入れられない者がいる事も事実。
しかし、二体の愛はそんな事に負けるほど脆いものではない。

二体は幼き時より、愛を育んできたのだった。

心地良い温度の春風が吹き、ゆっくりと歩く二体を包み込む。
二体はそれを感じつつ、時々会話をしながらある場所へと向かっていた。

二体にとっての大切な場所。
空に届きそうな程の高さで、人気が少ない静かな所。

転送装置を使えばその場所へ行くには一分とかからないのだが、こうして歩くのはお互いがその時間に幸せを感じているから。
一瞬で直接その場所へ行く事は、二体にとっては何の意味も無い事だった。

風を感じ、太陽の日差し――或いは雨音を感じ、並んで歩く。
その時間が二体にとって意味のある事であり、幸福の時だった。

建物の少ない道から街へと辿り着き、更に足を進めて行く。
街から出て少しした時、目的地が二体のアイカメラに映った。

映ったもの、それはこの辺りのシンボルといっても過言ではない、空高く伸びる時計塔だった。
シンボルと同時に、そこは二体にとってのデートスポットでもあった。
屋上にある時計は一時間おきに音が鳴り響き、昼夜の0時にのみ普段とは違う音を鳴らす立派なものだ。

時計塔へと辿り着き、二体はそれを見上げた。

「…ここに来ると落ち着く」

ふと、タイムがそう呟いた。
見上げると確認出来た彼の表情が、アイスには何処か悲しげで、同時に凛々しく見えて。
コアが高鳴るのを感じていた。

「わたくしもであります。タイムとここに来るのが、いつも楽しみなのであります」
「…アイス」

時計塔からアイスへと視線を移すと、笑っていた彼につられる様にタイムは微笑んだ。
無意識に、握っていた手に少し力を込めながら。

止めていた足を再び動かすと、二体は時計塔の中へと足を踏み入れた。


かつては暴走していたロボットがあふれたこともあったこの場所。
今では作業用のロボットが階ごとに配置され、仕事をこなしている。
二体を見ると寄ってくるロボットに、お疲れ様であります、と声をかけ頭を撫でるアイスと、それを微笑ましそうに見るタイム。

二体を作業用ロボットが覚える程に、二体はここによく来ていることが伺えた。

何度か階段を登ると、屋上へと続く扉が二体の目に映った。
タイムが扉を開けると次に目に映ったのは、二体の何倍もある大きな時計、そして澄み渡る青空だった。

アイスが表情を輝かせ、タイムが穏やかな表情を浮かべる。
手を繋いだまま歩くと、時計の側まで向かい、すぐ傍にあったベンチに腰をかけた。

人気はそれほどなかった。
吹いた風を二体は全身で感じながら一息ついた。
今にもスリープモードになってしまいそうなほどの陽気、そして優しい風と澄んだ空気。
二体の表情から、リラックスしている事は一目瞭然。
ふとアイスが立ち上がると、時計塔から見える広い景色を見て声を出した。

「ここからの景色はいつ来ても綺麗であります」
「…そうだな」
「街全体が見渡せて、空に手が届きそうで…」

そう言いながら、ふと彼は向きを変えた。
聴覚機能が受け取ったある声の方向へと。
タイムは不思議そうにすると立ち上がり、アイスが向く方向を見た。

「ぱ、ぱ!」
「ん、どうした?」
「おそら、あんなにちかくにいるよ!」
「本当だ。手が届きそうだね」
「かたぐるましてっ」

よしよし、と父親らしいロボットが少女ロボットを肩車する。
声だけ聞けば、その光景は微笑ましい親子を想像させる。

しかし、明らかに違うところがあった。

少女ロボットを肩車する男性ロボットと、その二体を見つめるもう一体のロボット。

――男性ロボットだった。

その男性ロボットを見て、少女ロボットは、ぱぱ、と笑顔を見せる。
肩車をする男性ロボットにも、同じようにぱぱ、と笑顔を見せる少女ロボットを見て、そして二体の男性ロボットの左手の薬指に輝く指輪を見て、タイムとアイスは察した。

あの三体は家族なのだと。
二体の男性ロボットは、結婚しているのだと。
アイカメラを伏せて、穏やかな表情でアイスはその家族を見つめていた。
同じように、タイムもその家族を見つめる。

思えば、兄弟以外で男性同士の既婚者を見たのは初めてのことだった。
二体の心は驚くと同時に、幸せな気持ちになっていた。

その家族の光景を、タイムは無意識に自分自身とアイスを乗せて見ていた。
それに気付くと、目を閉じて顔を降る。

タイムは再びベンチへと腰を下ろすと、澄み渡る青空を見上げた。
アイスも歩み寄り、再びベンチへと腰掛ける。

ふと、タイムは重みと温もりを感じた。
隣に座ったアイスが、体を寄せてきたからだ。

そんな彼の背中へと腕を回すと引き寄せ、タイムは更に自分自身へとアイスを密着させた。
そうして、二体は何も言わずにそのままで暫くの時間を過ごした。

二体の心に生まれたある意識が、会話する事を抑えていた。

――結婚。
高鳴る二体のコア。
恋人になり、愛を育んできた二体。

結婚の事など、生まれた時から共に過ごしてきた二体には考えられなかった。
恋人になると、それ以前より一緒にいる時間が増えはしたが、その先は意識したことがなかったのだ。

生まれた時から同じ家で過ごしてきたとは言え、結婚となると次元が違うかのように思えた。
その者の一生が関係してくる。

アイカメラを伏せ、寄り添うアイスを見つめるタイム。
頭の中で巡り廻るのは、結婚の事ばかりだった。

「…アイス」
「はい…?」
「…………」

何も言わずにいるタイム。

――アイスともし、結婚出来るなら。
それはどれほど幸せなことなのだろう。

アイスは、どう思っているのだろうか。

「タイム…?」

アイスの声に気付くと、タイムは思考を止め、穏やかな表情でアイスを見つめた。

「…ごめん、何でもない」

そう言うとタイムは目を閉じ、アイスの額にキスを落とした。
ほんのりと苺のように頬を赤らめ、アイスは優しく笑った。

澄み渡る青空を、二体は静かに見つめる。

二体にとってのかけがえのない時が、静かに動き始めていた――

2015/4/4

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