満ちる時


「ハカセッ!!」

研究所へと辿り着いたタイムとアイス。
タイムは勢いよく扉を開けると、大声でそう言って研究室へと走った。
アイスは研究所へと来る途中で再び気を失ってしまった。
タイムの背中で彼はぐったりしていた。
研究所にいたメンバーが二体の様子を見て驚く。
ライトがいる研究室へと着くと同時に扉が開き、ライトは驚いた様子で二体を見た。

「ど、どうしたんじゃ!?」
「アイスが…アイスが…!診てくれ…ハカセ…!」

必死でライトに懇願するタイムを見て、一同は増々驚く。
長い間生活を共にしてきているが、タイムが必死に声を出す姿を見るのは初めての事だったのだ。

ライトは冷静に、同時に急いでアイスをメンテナンス室へと連れて行った。
タイムの肩に手を置き、心配しなくても大丈夫じゃ、と言い残してライトはメンテナンス室へと入っていった。

扉の前でタイムは顔を俯けた。
暫くそうすると、自室へと向かって歩き出す。
家族が声をかけたい気持ちは山々だったが、タイムの様子を見る限りそっとしておいた方がよさそうだと控えることにした。

***

アイスがメンテナンス室へと入ってから結構な時間が経っていた。
先程まで降っていた大量の雨は止んでいる。
雨雲と入れ代わるようにして、美しい星空が顔を出していた。
夕食も喉を通らず、後にする、とだけ告げて自室に籠るタイム。
彼の右手には婚約指輪が入ったケースがあった。

――ムダだと投げつけてしまった大切な物。

その時の事を思い出すと、彼のコアが痛みを感じた。
そのケースと指輪に、無意識に謝罪する彼がいた。

大事にそれを懐にしまった時、背後の扉が開き、森林伐採用ロボット――カットマンが飛び込んできた。

「タイムのアニキ!舎弟が目を覚ましたッス!」

カットのその言葉に、タイムの表情が明るくなった。
頷くと、カットの横を通って研究室へと急ぐ。
研究室の前にいたライトが、タイムを見て微笑んだ。

「アイスが待っておるよ」
「……ありがとう…ハカセ」

彼は研究室へと入り、静かに扉を閉めた――

***

研究室にあったベッドの上で、アイスは座っていた。
タイムを見ると、いつもと同じ暖かく優しい笑顔を見せた。
たまらなくなり、タイムのアイカメラからぽろぽろと零れ落ちる涙。
アイスに駆け寄ると、壊れてしまいそうな程に強く抱きしめた。

「…アイスッ……」
「タイム……」

背中へと回されるアイスの両手。
先程の弱々しさは感じられない、いつもの優しい手だった。

「……ごめん……ホント…ご…めん……」
「タイムは悪くないのであります…。わたくしがいけなかったのであります…本当にすみません…」

タイムは顔を振り、抱きしめる腕に更に力を込める。
アイスも同じように力を込めた。

「……もう、謝るな」
「では…タイムも謝るのはやめるでのありますよ…?」
「…ん…」

そう言い合って、二体は温もりを感じ合った。
愛おしく感じる、優しく暖かい温もりを。

一時そうして、離れる二体。
先に声を出したのはタイムだった。

「……無事で、良かった」
「タイム…。……タイムの声、夢の中に届いていたでありますよ」
「そう…なのか…?」

「はい…。何度も、何度もタイムはわたくしの事を呼んでくださったのであります。
…探しに来てくださって、とても嬉しかったであります…」

その時の事を思い出し、タイムは急激に恥ずかしくなった。
顔を赤らめ、普段なら顔を背けてしまう所だが、今日はそうはしなかった。
――愛する者の顔を、見ていたかったから。

「……ありがとう」

アイスはその言葉を聞いて微笑んだ。
そうして少し表情を曇らせ、ある事をタイムに告げる。

「…タイムから頂いた大切な懐中時計…何処かに落としてしまったみたいなのであります…」

酷く悲しそうな表情。
タイムは大事にしまっておいたそれを取り出し、アイスへと渡す。

「懐中時計であります…!タイム、これを何処で…」
「崖の側に落ちてた…」
「…落ちた時に…懐中時計も落ちてしまったのでありますね…。…でも…見つかってよかったであります…」

懐中時計を首からかけると、抱きしめるようにしてそう呟くアイス。
タイムは言いにくそうに、懐中時計が壊れ止まってしまっている事を話した。
アイスは一時悲しそうな表情を浮かべたが、すぐに笑顔になってタイムを見る。

「壊れてしまったことは残念でありますが…それでもこれがわたくしにとって大切なものであることは変わらないであります」
「アイス…」

タイムは嬉しそうにアイスを見た。
幼き時に贈ったそれを、とても大切にしてくれているのだと改めて実感して。

彼はアイスの手に自身の手を重ね、懐中時計を開いた。
相変わらず止まってしまっている懐中時計の時。
その反対側にあった――タイムとアイスが笑い合う写真。
いつの間に、とタイムが聞くと、アイスは頬を赤らめて説明した。
写真を入れる事が出来ることにロールが気付いた事。
ファイヤーからいつ間に撮ったのだろう写真を貰ったことを思い出し、その大きさに切って入れたと。
タイムは納得すると、頬を赤らめてお礼を言った。
ありがとう、と嬉しそうに。

その話とは別の件で、アイスは苦笑いを見せてもう一つタイムにあることを告げた。

「…博士様に、少しの間左足を動かさないようにと言われたのであります」
「…少女ロボットを助けた時に…痛めたんだな…?」

どうしてそれを、そう言いたそうにタイムを見るアイス。
タイムは時間旅行でアイスが遅れてしまった理由を知ったことを話した。
納得するアイス。
そうだったのでありますね、との言葉にタイムが頷いた。

目を伏せると視線を変え、窓から星が輝く夜空を見つめる。
その様子が、タイムには外へと行きたがっているように見えた。

「……行くか」
「え、行くってどこへ、ひゃっ!?」

アイスの上に乗った毛布をどかし、タイムはアイスをそっとおぶった。
驚いた様子でタイムを見つめるアイス。
コアがドキドキと高鳴った。
タイムはアイスを見ることなく、しかし微笑みながら声を出した。

「……今日の予定の埋め合わせ。星を見に」

アイスの表情が、まるで空に輝く星のように輝いた。
にっこりと笑顔を見せると、タイムの背中に体を預けてありがとうございます、と嬉しそうに言った。

おぶっているとはいえ、あまりアイスに無理をさせる訳にはいかない。
家族に見つかると怒られるかもしれないと予想したタイムは、窓から外へと出ることにした。
機体が大きくなり成長した彼らにとって、窓から外へ出ることは少し無理があったが、それでも何とかなりそうだった。

外へと出ると、タイムは窓を閉めた。
そうして、アイスと共に星空を見上げた。

向かう先はただ一つ――時計塔だった。

***

時計塔に着くまで、二体は会話をする事無く星空の下を走った。
星の輝きと月の明かりが、二体を優しく照らす。
開花し始めていた桜は、気付けば満開になっていた。
星空と月を背景にする満開を迎えた夜桜はとても美しく、途中で二体は足を止めてその姿を堪能した。
言葉に出来ないほど、それは美しかった。

静まった街を抜け、時計塔へと辿り着く二体。
人気はもちろんない。
この時間帯に人が来ることはほとんどない事を二体は知っていた。

階段を駆け上がり、屋上へと出る扉を開ける。
目に映る、立派な大時計と星空。
それは、今まで来た中で一番輝いて見えるのだった。

ベンチへと向かい、タイムはアイスをゆっくりと座らせる。
そうして隣へと座った。

「タイム…ありがとうございます、であります」
「……ん」
「重くなかったでありますか…?」
「…軽いくらいだ」

微笑んで見せたタイムに、アイスは嬉しそうに笑った。
タイムのその微笑みはとても優しかった。
アイスの背中へと腕を回し、自分へと寄せるタイム。
アイスは高鳴るコアを感じながら、タイムに寄り添った。

ようやく訪れた、幸せの時。
このまま時間を止めてしまおうかとタイムは思った。
アイスも、このまま時間を止めてほしいと思っていた。

「……アイス」
「はい…?」
「…愛してる」
「タイム…わたくしも、愛しているでありますよ」
「…あり、がとう…」

何度と言ってきたお互いの想い。
それを言う度恥ずかしく、そして幸せだと感じてきた。

ふと、タイムは立ち上がり、星空を見上げる。
きらきらと輝き、月も輝く空。
先程まで雨が大量に降っていたことが嘘だと感じられる夜空。
見下ろすと満開を迎えた桜の景色が広がり、とても幻想的に思えた。

「……本当に、ありがとう、アイス」
「タイム…?」

再びお礼を言うタイムに顔を傾げるアイス。
その声が、今までに聞いた事のない優しく穏やかな声だったからだ。
タイムは星空を再び見上げ、続く言葉を声に出す。

「……ボクは、今まで何度もアイスに迷惑をかけてきたと思う」
「それはわたくしも同じでありますよ…?」
「…アイスから受けた迷惑は覚えてない」
「タイム…」
「……迷惑をかけても、アイスはいつの時もボクの傍に…隣に居てくれた」
「……はい」

空気が変わったような気がした。
タイムが今どんな表情をしているか気になるアイス。
アイスの表情は穏やかで、でも真剣だった。

「…これから先の時も、ボクはアイスに迷惑をかけるかもしれない」
「…タイム」
「アイスが…それでも良いなら」

振り向くと見えた、タイムの表情。
とても勇ましく、そして穏やかで、真剣だと感じさせる表情。
彼はアイスへと歩み寄り、ゆっくりと跪くと頭を下げた。

「…ボクの隣で…永遠の時を過ごしてほしい。――アイスと、ボクは永遠の時間を共に生きていきたい」
「タイ、ム……」

――永遠の時を共に。
それは、タイムなりのアイスへのプロポーズだった。

アイスの心は幸せで満ち、溢れそうになっていた。
いや、嬉し涙となってそれは溢れ出た。
アイスは顔をくしゃくしゃにして、ぽろぽろと涙を零した。

「……タイム……顔をあげてください」
「……アイス」
「わたくしで…いいのでありますか…?タイムに…沢山迷惑をかけてきたのでありますよ…?」

一時目を閉じ、再び開けると声を出すタイム。
変わらない、穏やかで真剣な表情。

「アイスじゃないと…ダメだ」
「タイム…ッ…!」

アイスは左足の事を忘れ、立ち上がると倒れるようにしてタイムを抱きしめた。
彼からのプロポーズに驚き、そして喜び、幸せいっぱいな気持ちだった。
アイカメラから流れる涙は止まることを知らず、ぽろぽろと零れ続けた。

そんなアイスを受け止め、強く抱きしめるタイム。
彼はもう一度、アイスへと言葉を贈った。

「…アイス」
「はい…?」
「…ボクと、結婚してくれるか…?」
「はい…喜んで…であります…っ…」

タイムに抱き上げられながら、アイスは満面の笑みを見せた。
星空と月の光が、二体を祝福するかのように輝いていた。

タイムは再びベンチへとアイスを座らせると、懐から取り出した大切な物――婚約指輪が入った青いケースを取り出し、開いて見せた。
雪の結晶のような形をしたダイヤモンドが美しく輝く。
アイスはそれに目を奪われた。

タイムはアイスの左手をそっと取り、取り出した婚約指輪を薬指へとゆっくり嵌めた。

アイスを見つめるタイム。
更に涙を零し、嬉しそうにタイムを見つめるアイス。
二体はもう一度抱きしめあった。
そして、長く優しい口付けを交わした。

離れると、もう一度抱きしめ合う二体。
今までにない程の幸せな気持ちで、二体の心は満ちていた。
星空と月の光は、更に輝きを増しているように見えるのだった。

***

「タイム!アイス!貴方達どこに行ってたの…!?」

研究所に戻ると、最初にもらったのはロールのお説教だった。
アイスは足を痛めているのに、無理をして悪くなったらどうするのだと。
二体は反省した表情で、しかし幸せそうにロールに謝った。

家族がおかえり、と迎えてくれる。
そんな皆に、二体は声を揃えてただいま、と返した。
ロールの横を通った時、ロールはあるものに気付く。

――アイスの左手薬指で輝く指輪。

ロールは悟った。
それと同時に、二体に向かって声を出した。

「タイム!アイス!」

振りむくとロールを見る二体。
先ほどまでつり上がっていた眉は下がり、穏やかな表情を見せていた。

「…怒ったりしてごめんなさい。今日は特別に許してあげるわ!」

ロールの明るい声に、二体は満面の笑みを浮かべて返事をするのだった。
ありがとう、と――

2015/4/11

[*前] 【TOP】 [次#]