そして終焉
†Case25.そして終焉
夕日を背に笑う紫音。
「名前、全部これで終わるからね。私達を阻むものは、この人達で全て消える…」
いつの間にか近づいていた紫音は、固まる私の頬に手を滑らせた。
『何、言って…』
「私を理解してくれるのは無垢な名前だけだった。私は貴女が大好きだった。だけど、両親が離婚した。私を嫌う母は私を父に預けたわ。だけど父だって私が嫌いだった」
父に預けられた紫音は、酷い扱いを受けたらしい。
元々紫音の悪霊を溜めやすい体質と、生まれた頃から宿っていた狂気を両親も、親戚も忌み嫌っていた。
そのため、勉強や悪霊を掃う訓練も拷問のような痛みが付き物だったらしい。
少しでも狂気を見せれば、物で叩かれるのは当たり前。
自分を嫌い、痛めつける両親を次第に紫音は憎み、…殺したのだと言う。
そして紫音の狂気を見て怯えたり、迫害するものも容赦なく手に掛けた。
紫音の口から語られる事実に、ひゅっと息が漏れる。
母は、両親は紫音によって消された。
その真実に頭が割れそうに痛い。
「平和ぼけしてる名前はそんなこと知らなかったでしょう?母も父も本当に事故死だと思っていたでしょう?だって貴女は無垢で誰からも愛された。だから、名前の大切な人も奪うの。幼い頃言ってくれたわよね。紫音と同じ痛みを私も味わえたら、きっと私のことをもっと理解出来るのにって。…だったら、同じ痛みを味わってよ名前。それで、私達二人だけで生きていこう?」
なおも笑みを浮かべる紫音は、私を抱きしめて耳元で囁く。
私の心臓はばくばくと鳴り、恐怖から冷や汗が出て来る。
††††††††††
恐い、怖い。
知らなかったじゃ済まされない事実。
私は姉がいたことくらいしか覚えていなかった。
それすらも忘れていた時期もあった。
私が、紫音を狂わせたの?
怖い、こわい、こわい…。
「名前、しっかりしろ!」
ぐん、と肩を掴まれ安心する匂いに包まれる。
『ブン太…』
「しっかりしろ!お前が逃げてどうするんだよ!?」
べしっと両頬を挟まれる。
じんじんする痛みと、ブン太の真っ直ぐな声、真剣な表情。
まだ少し感情の整理はついていないけど、逃げる選択肢などない。
逃げてしまいたいけど、私にはそれよりも無くしたくないものがある。
『ごめんね、紫音。私は貴女と同じ痛みを味わえない。そんなことになりたくない』
紫音に向き直り、伝える。
「…そう。名前ったら恋、しちゃったのね」
紫音の瞳がブン太を捕らえる。
その瞳には、嫉妬、憎しみ…。
ドロドロした黒い感情だけが熱く息づいていた。
「…赦さない。名前は私のものなのに。名前を、返して…!」
そう叫んだ紫音は黒い球体を取り出し、呪文を唱える。
すると、球体からは大きく醜悪な悪霊が出て来る。
慌てて結界を張るが、すぐに破られる。
霊界で倒した妖怪よりも数十倍強い。
私の力じゃとてもじゃないけど、倒せない…!
扇子を取り出し広げ、もう一度結界呪文を唱える。
だけど、強化された結界もすぐに破られてしまう。
「名前、何してるんだよ!逃げるぞ!!」
『でもこのままじゃ!!』
「…縛!!」
いきなり聞こえた第三者の声に、顔をブン太からそちらに向けた。
「危ないなあ、名前は。こういう時こそ逃げなさいよね」
『あやちゃん!!』
悪霊の動きを止めているのは、あやちゃんだった。
今までは隠していたのか分からなかったけれど、あやちゃんは霊界人みたいだ。
「糸遊、ご苦労だな」
「大王様、足止めは任せて下さい」
トン、と軽やかな着地をした大王様。
何故ここにいるのだろうか。
と、少し疑問に思うも霊界人がいるのだ。
別におかしいことではない。
すさまじい程の霊力で、事は鎮圧された。
††††††††††
「旧名・名字紫音。霊界から逮捕状が出ている」
『…逮捕状?』
どうやら、これだけの霊力を使い人殺しをしていた紫音は、人間界では裁けないため霊界から逮捕状が出ているらしい。
あやちゃんは人間のふりをして私に近付き、このチャンスを狙っていたんだそう。
「学校生活も中々楽しかったんだけどねー」
そう言って笑いながらあやちゃんは説明してくれた。
『…紫音はどうなるの?』
「記憶を消して転生するか、霊界の牢獄に入るかだな」
『そう…。……紫音、ごめんね』
私は紫音にそれだけを伝える。
まだまだ言いたいことも聞きたいこともあるけど、それは次の生までお預けだ。
「それでは連行します」
「うむ」
霊界人が紫音を連れていく。
捕まってからはずっと俯いていた紫音は、一瞬だけ私を見ると口を開いた。
「…好きよ、名前。愛してるわ」
それだけ残して、紫音は連れて行かれてしまった。
††††††††††
エピローグ
「名前!」
『紫音!』
一人の少女が純粋な瞳で、無垢な少女を抱きしめる。
『おかえり、紫音』
にこりと心の底から嬉しそうに笑いながら少女は抱きしめ返した。
「お前らなあ、いちゃつくなよな」
「何よ、丸井くんが名前の彼氏だからって譲らないわよ?」
「お前さんら、ちっとは静かにせんか」
「そうっスよ!」
わいわいと騒ぐ彼女らを見て、誰かがクスリと笑った。
[ 25/25 ][*prev] [next#]
[back]
[しおりを挟む]