仁王君誘拐事件


†Case18:仁王君誘拐事件†




名前が寝た瞬間、仁王は力を失ったように倒れた。


「ふふっ。これから名前に楽しい楽しいゲームをさせてあげるからね」


そう言った少女は名前の髪をさらりと撫で、額に口づける。


少女は、仁王君を操るのはかなり面倒だったけど当たりねと笑い、目を覚ました仁王に視線を移した。


「転校生…、名前をどうする気じゃ」


「名前に怪我させるようなことはしないから安心して。…なんで貴方みたいな人に懐いてるのかしらね、名前は」


嫉妬の色を瞳に写し、少女―紫音は仁王に歩み寄る。


そして、仁王の色の白い顎を掴むと爪を立てた。


しゅっ、と戸惑いなく立てられた爪に、顎からは出血が見られる。


「当初の予定じゃ丸井君だったんだけど。…あなたにするわ」


そう言うと紫音は式神を出す。


二匹の九尾の狐はニヤニヤしながら仁王の回りを歩く。


「この童をあそこへ落とす気か、小娘」


「いくら霊感があろうと、そこの童じゃ下手すりゃ死ぬぞ」


「いいのよ、別に。仁王君が死のうと私には関係ないもの。早くやりなさい」


紫音の顔からは笑みが消え、冷たく凍るような無表情に変わる。


仁王はその表情に冷や汗を浮かべた。


本能が警鐘を鳴らすのだ。


その女から逃げろ、と。


††††††††††


「…早くやりんしゃい。お前が何考えとるか知らんが、お前の思い通りにはいかんぜよ」


「…強がりだけは一人前ね」


狐の作り出した黒い球体に飲み込まれる前に、仁王は一言そう言った。


何故そう言ったのかは本人にも分からない。


勿論、紫音にも。


やがて仁王は球体に飲み込まれ、消えた。


「…あやつ、いい目をしておったな」


「あれは他人を信じる目ぞ。愚かな人間じゃな」


そう言い残した狐の顔は楽しげだ。


シュルン…と狐達は消え、一人残された紫音は空を見上げる。


「他人を信じるなんて無駄…。私には名前がいればいいの。汚れをしらない可愛い名前。貴女も私だけしかいらないようにしてあげる…」


ポタリと地面にシミを作ったのはどんな感情の篭った涙なのか。


それはきっと双子である名前になら分かるのだろうと紫音は頭の片隅で思う。


「人間は汚い。人間は愚か。人間は憎むべき存在。全ての人間を、私達の手で滅ぼしましょう?名前」


自分に言い聞かせるようにそう吐き捨てた紫音は、ひっそりとその場を立ち去った。


††††††††††


『…あれ、仁王君いない……』


起きると仁王君がいなくなっていた。


練習に戻ったのかな…?


私はそろそろ部活が終了する時間ということもあり、コートに戻った。


ら、何故かテニス部の皆は私を探していた。


「あ、名前先輩いましたよ!」


部室の前を通ると、赤也君が私を見て部員に報告。


そのまま私は何故捜索されていたのかの理由もわからないまま、赤也君によって部室まで引きずられた。


しばらくして、部活の終了時刻と同時にレギュラーメンバーが部室にやってくる。


『あの、さ。何かあった?』


しかし、いつもは明るいメンバーなのに、今は皆深刻な顔をしている。


私が恐る恐る聞くと、幸村君が私を真っ正面から見つめて口を開いた。


「……仁王がいなくなった」


仁王君が、いなくなった……?


え?なんで……?


さっきまで一緒にいた仁王君が……。


『………心当たりは?』


震える声でそう聞くと、ブン太と幸村君と柳君以外が私から目を逸らした。


「…すまないが名字。俺達は最後まで一緒にいたお前を疑っている」


皆が言いにくそうにする中、柳君が言った言葉に私は耳を疑った。


††††††††††


仁王君がいなくなったのは、私のせい……?


何で、そんな……。


「仁王は必ず部活終わりには顔を出す。聞いた所、今日仁王は校門を通っていないしな。学校中を探してもいない。でだ、来ないということは誰かが来れない状況を作ったんだ。……名字、お前は不思議な力が使える」


『………学校でそんなことが出来る可能性があるのは私だけ。だから私を疑ったんだ』


疑うというより、犯人は私だと決め付けている人ばかりだ。


幸村君とブン太とジャッカル以外は皆、そんな顔してる。


…私って信用されてなかったんだな……。


「名前先輩、誰かに頼まれたんすよね!?」


「ちげーよ、赤也!名前はそんなことしねぇ!!」


『…私はしてない。誰が何のためにやったかは私にも分からない。けど、私に心当たりがひとつある。そんな不思議現象なら尚更』


ブン太が庇ってくれた。


赤也君だって私は悪くないとは思ってくれてるみたいだし、幸村君も何も言わないけど私を疑ってはない顔をしている。


ジャッカルは…長年の付き合いの賜物、だと思う。


††††††††††


私は今日見掛けた亀裂の話しや、大量の幽霊がのさばっていたことを話した。


誰がどうして作ったのかは分からないけど、そんな亀裂を作った人物ならきっと、その亀裂の世界に人を送ることも可能だろう。


「…確かに筋は通ってるな。で、その亀裂っていうのは作れるのか?」


柳君はどうやら私のこと一番信じてないらしい。


筋は通ってると言ったくせに、まだ疑ってる。


『作れないよ、私には。だから探すの。…リューク』


リュークを喚び出して、亀裂を探すように命令する。


多分、亀裂はまだ残っている、もしくは犯人が故意に作っているだろう。


犯人は私を挑発して遊ぶのが好きなようだし。


「名前さま〜、ありましたよ〜!」


数分後、予想通りリュークがテニスコートの近くにある亀裂を見つけ出した。


「名前、俺もいくぜ!」


私がその亀裂に入ろうとすると、ブン太が私の隣に並んだ。


危ないこと分かってるのかな、ブン太。



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