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▼ あなたがいないと死んじゃうの


「私、明日死ぬの」
 唐突にそんなことを呟かれ、おれは思わず彼女を凝視したけれど視えた未来は泥酔して気持ちよく寝ている姿。当然だ、急性アルコール中毒で死ぬ未来はおれが来たことで回避されたのだから。
「名前さん、もう結構酔ってます?」
「ふふ……別に、ただの確認よ。迅くんの反応を見る限り、明日私は生きてるのね」
 ロックグラスの中にある丸い氷をくるくると弄んで、名前さんはまた小さく笑う。派手な赤い色の口紅が一瞬血の色に見えて、つい腰を浮かせてしまった。部屋に充満するアルコールの匂いに当てられたのかもしれない。
「私、いつまで生きてる?」
「まあ、普通くらいは」
「そうなんだ」
 聞いておきながらどこか他人事のように、けれど表情は満足そうに相槌を打つ彼女はたぶん本当に興味がないのかもしれない。
 普通くらいは、と答えたものの彼女は実によく死ぬ。この前なんて工事現場の壁に立てかけられたパイプの下敷きになるという、フィクションのような未来だった。彼女の場合はそれが日常茶飯事で、おれが視てなかったらとっくに死んでいたという言葉は比喩でも奢りでもなく紛れもない事実なのだから頭を抱えたくなる。正直、近界民の動きが活発な期間は気になって仕方ない。
「名前さん、今日はもうそれ以上禁止ね」
「これ以上は死んじゃう?」
 生きてるだとか死んでるだとか、何故こんなにも彼女は軽々しくその言葉を使うのか。
 軽く睨みつけると、彼女は降参というように両手を上げた。
「でもね、私は迅くんも悪いと思うのよ」
「はい?」
「だって迅くん、いつも私のこと恐る恐る見てはホッとしてる。それって、私の生存確認でしょう?」
 言われて初めて気がついた。たしかにおれは彼女に会うとき何時どのように死ぬのかばかりを気にしている。でもそれは彼女のためなのだから、こんなふうに責任を押し付けられる謂れはない気もする。
「人間なんてどうせ最後は死ぬんだから、もっと気楽にいきましょうよ」
「…………」
 グラスをあおる名前さん。唇の端からつー……っと琥珀色の液体が流れる。その光景におれが一番に抱いた感想はやはり『これ以上はヤバい』というもので、次いで思ったのは『もっと他に思うことがあるだろう』だった。
 彼女は当然知らないのだろう。もし仮におれがこの無数の可能性を視ることを放棄したならば、自分に早々に死が訪れることを。そしておれは知らなかったのだ、彼女にまとわりつく死臭の原因を。


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