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▼ きっかけとは些細なものである


 誕生日のプレゼント選びを手伝って欲しい。
 思えば彼と挨拶以外の言葉を交わしたのはこれが初めてだった。メイクさん、正式名称メイクアップアーティストという文字にしてみるとやや仰々しい肩書きを持つ私が彼と話す機会なんてそうそうないのだから、当然だろう。けれど我が師であるボビーさんはそうは思わなかったらしい。曰く「お誘いするときに他の女を口実にするなんて何考えてるのかしら!?」とのこと。他の女も何も妹さんだし、私に声をかけたのは下心ではなくランカさんと私が個人的にも仲がいいからだろうと思うのだけど。でもそんなことを言おうものなら「だからアンタは彼氏ができないのよ。こんなに鈍いと男の方も災難よねぇ、アタシにしとけばいいのに」と言われてしまうのは明らかなので、言わぬが花というやつだ。
 仕事の際私には決めていることがある。それは自分を飾り過ぎないこと。何故なら主役はモデルやアイドルの彼女たちで私は裏方に過ぎないのだから、いくら元々の素材が違うとしても許せない。自分に時間をかけるくらいなら、彼女たちにより一層綺麗になってほしい。その代わりプライベートでは全力で楽しむ。主役のためのキラキラしたメイクを自分に施す。だから私はその日いつものように全力でおしゃれをする予定でいた。ここ最近忙しかったので久々のオフ、気合が入るのも当然。なのにそのやる気はボビーさんの言葉で一気に沈下してしまったのだ。
「デート……か」
 男女で出かけたらデート。言われてみればたしかにそうかもしれない。でも私が指摘されるまで気付かなかったようにブレラさんもただの買い物だと思ってるかもしれない……というかあの人ならそうとしか思っていないだろう。そんな状況で着飾っていくのは誤解を生むのでは……? 普段からオフではこうだと言うのも手かもしれないが、自分からわざわざそんなことを言うのは言い訳くさい。となるとここはいつも通り無難にいくか。
 せっかくのオフなのになぁと思いながら、せめて足元だけでも……と往生際悪く靴を選んでいるとみつけてしまった。次のオフに履こうと決めていた、一目惚れして買ったパンプスを。
「んんんんん……」
 履きたい。おしゃれしたい。楽しみたい。そもそも私の気にしすぎで、堂々としていればいいんじゃないだろうか。
 今までの時間はなんだったのか。私の心はパンプス一つで決まってしまった。でも女子ってそういうものだと思う。オペラかガトーショコラで迷っていてようやくオペラに決めたとしても「こちらのガトーショコラ、新商品です」と言われたらあっさりそっちに寝返ってしまう、そんな生き物だ。我ながらよくわからない例えだけど。
 そうして迎えた約束の日。五分前行動で集合場所につくとそこには既にブレラさんの姿があった。思えばこの人が時間に遅れたところを見たことがない。遅れるとしても必ず連絡があるし、どの程度遅れるのかきっちり秒単位で連絡されその通りに到着するから驚きだ。一番驚いたのは渋滞から逃れるために建物の上をショートカットしたときだけど。
「すみません、お待たせしました」
「いや、そんなに待っていない。それに依頼したのは俺だ、遅れるわけにはいかない」
 依頼とはまたずいぶん堅苦しい。仕事じゃなくてもこの人はこうらしい。
「ええっと、目星とかはついてるんですか?」
「……昔は、花を渡した」
 ああ、花か。悪くはないけど今は芸能人だし、あちこちから届くよね。もちろん家族からのプレゼントはそれだけで特別だけど、意外に競争心の強い彼がそれに甘んじるとは思えない。
「それじゃあ、あちこち回ってみますか」
「ああ……その」
「?」
「いつもと、雰囲気が違うな」
「……お、オフなので」
 まさか振られるとは思わなかった。事務所内じゃ女心がわからない男性上位に毎回ランクインしているのに。でもたぶんあれだ。ボビーさんを通じでランカさんに出かけることがバレて、お節介を焼かれた結果だ。彼のシスコンぶりも事務所内じゃ有名だから。
 ぎこちないスタートを切ってプレゼント選びは始まった。ランカさんといえばまずあの奇抜なデザインのぬいぐるみだろうということでショップを巡り、ゲームセンターも覗く。けれどあるのはどれも既に持ってるか、手触りがアウトなものばかり。
「どれも……持ってますね……」
「ああ……」
 作戦変更。今度は動物モチーフの寝巻きを選ぶことに。これなら彼女の好きなブランドもわかっているし、定期的に新作も出ているようなのでタイミングさえ合えばいけるはず。そう思ってオンラインショップを覗くとあるにはあったが既に予約分が完売しており、支店に駆け込むも時すでに遅し。
「コアなファンが多いそうで……私のリサーチ不足です」
「いや……おそらくランカは予約済みだ。パソコンに閲覧履歴が残っていた」
「…………」
 マジですか。ていうかそれ最初に言ってください。
「……化粧品はどうだ。その道のプロであるお前なら流行や合うものくらいわかるだろう」
「せっかくの提案なんですけど……ご存知の通り彼女その手のCMもいくつか出てるのでそこそこ持ってるんですよね。個人でもパケ買いとか結構しているようで、この前の童話シリーズなんかも全部……」
 あれ、ちょっと待ってほしい。ランカさんて今欲しいものとかあるの、これ。
「ブレラさん……ランカさんて貯金とか、大丈夫なんですかね?」
「……今夜、オズマと三人で会議を開く」
 シスコン二人が揃ったところでなぁと思ってしまうのは私だけだろうか。

 ひとまず休憩しようということになったけど、ブレラさんは少し用事があるらしく先に近くのカフェに入る。結構歩いたからか少し足が痛い……と思っておそるおそる見てみれば案の定靴擦れができていた。こんなお決まりの、格好悪いところを見られなくてよかったと思いながら応急処置に使えそうなものを探す。絆創膏は無かったけれどポケットティッシュがあったので何とかなりそうだ。と思ったのも束の間、早くもブレラさんの姿が。これは化粧直しのときまで我慢するしかない。
「は、早かったですね」
「ああ。足を出せ」
「……はい?」
 どうやらしっかりバレていたらしい。歩く速度が僅かに落ちていたから身体スキャンを試みたとか、本当にハイスペックですね。本人も気付いていなかったのに。
「なんか、便利ですね」
「……大抵は嫌がられるがな」
「なんで……って、あ」
 思わず腕をクロスさせる。だって身体スキャンてことは胸とか、お腹周りとか……とか。
「そんなことに使う気は無い」
「いやあ……つい」
 そこへタイミングよくコーヒーが運ばれてきた。目の前に置かれる前から鼻腔をつく芳しい香りが緊張をほぐしてくれる。ランカさんは苦いから苦手らしいけど、私はやっぱり好きだなぁ。
「……あ、思いついた」
「俺への謝罪か」
「それは本当にすみません、許してください。そうじゃなくて、プレゼントです。アロマディフューザーなんてどうでしょう?」
 本来の彼女は引っ込み思案であがり症だ。芸能活動を通してそれは緩和されつつあるけれど、当然ストレスが全くない訳では無い。最近は形が可愛らしくてインテリアに使えるものもあるし、我ながら悪くないと思う。
「キャンドルもあのぼんやりとした光がいいですけど、火事が怖いですからね」
「それは……いいかもしれないな」
 ようやく決まったプレゼント。アロマは無難に定番を選ぶとして、ディフューザーは機能を優先すべきかデザインを優先すべきか。ショップに行ってからはそこで少し時間をかけたけれど、その前にかけた時間に比べれば短い方だ。でもまあ、なんて言うか。なかなか充実したオフだったなぁ。
「今日は助かった」
「いえいえ。私も楽しかったです」
「今度礼をする」
「では、一応楽しみにしておきますね」

…………。
「という感じで別れました」
 ボビーさん主催、報告会という名の尋問に私はややぐったりしながら答える。知ってたけど、ホントぐいぐいくる。オカマ怖い。
「アンタ意外とやるじゃなぁい! 見直したわ!!」
「……何が?」
「次のデートちゃんと取り付けてきたってとこ!」
「は、はあぁぁ!?」
 冗談じゃない。誰があんな朴念仁のシスコン……いやまあ優しいけど。いろいろハイスペックだけど。顔もいいし……て違う違う。そんなんじゃない。
「次回に備えてアタシがみーっちりレクチャーしてあげるわ」
「そっちより久々にメイク見てくださいよ!」
「アンタのメイクならいくらでも見てア・ゲ・ル」
 相手が悪かった。悪過ぎた。
 全てを諦めて背もたれに体を預けると、真っ青な空がよく見えた。そして、今頃ランカさん相手に同じ目に遭っているだろう彼の姿が見えた気がした。


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