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▼ かわいいお誘い

 おいしいピザの店を知っているとかで、名前たちはルカの案内の元その店を訪れた。
 何故急にピザかというと、11月20日はピザの日らしいと誰かが言い出したせいである。何かと記念日を作りたがる、ピッツァをピザと発音しピザトーストなるものを喜んで食べる日本文化をそれはそれは生暖かい表情で聞いていたルカはただの世間話だと流せるだけの男だったはずなのに。ナナセがポロッと「なんだか食べたくなってきちゃいましたね」とはにかみながら言うと、彼の表情は一気に引き締まり元気よく手を挙げていた。
 つくづく、恋とは人を馬鹿にするものだと名前は思う。自身も恋人がいる身でありながらその思考はどうなのだろうと思うが、緩みきった表情で店員と話すルカを見れば事実と言わざるを得ないだろう。
「ルカくんのおすすめはどれですか?」
 席につき、それぞれメニューを覗き込む。定番のマルゲリータやクアトロフォルマッジの他にも種類が豊富で、ナナセの質問に自然と全員の視線がルカに集まった。しかしルカは物怖じする様子もなく、むしろ待っていましたとばかりに口を開く。
「やっぱりマルゲリータですね。定番だからと軽く見られがちですが、ここのマルゲリータは特に絶品です」
「じゃあそれにしようかな……」
「俺はディアボラで」
 皆がマルゲリータを選択する流れかと思いきや、ミハエルの言葉に名前たちが首を傾げる。
「トウガラシを使った辛いピッツァのことです。どのくらい辛いかは……名前を直訳すると悪魔風、と言えばわかりますかね」
 ルカの説明にミハエルを除く全員がなるほどと頷く。辛党の気があるミハエルらしいチョイスである。
 名前、ナナセ、アルトは大人しくルカのオススメを選び、決まっていないのはランカだけとなった。せっかくならいろいろ食べてみたいという、女子の性である。
「ランカちゃんはバンビーノなんていいんじゃない?」
「バンビーノ?」
 ミハエルの提案に首を傾げるランカに、ルカがすかさず説明を入れる。
「ツナやコーンを使ったピッツァですね」
「わあ、おいしそう!」
 バンビーノに罪はないが、ここで俗に言う“子供向けピザ”を勧めるミハエルはやはり意地が悪い。相手がクランであれば年頃の男の子らしいとまだ多少微笑ましい意地悪だが、お世辞にも大人っぽいとは言えない年下ばかりにそんなことを言うのだから。ストレートに意地悪なアルトの方が幾分マシである。
 普段ランカ同様子供扱いされているルカはあえてその説明を省略し、他のメンバーもランカの味方あるいはミハエルの側につく義理はないということで冷たい視線を投げかける。この展開は予想外だったようで、慌てた様子のミハエルは新たにビスマルクを勧めだし散々ランカを迷わせた。
 そんなこんなでメニューを選ぶのに一悶着あった一行だったが、決まってしまえばそれは思ったよりも早く提供された。ルカ曰く、使っている窯の違いらしい。家庭用オーブンでは早くても10分ほどかかるが、ピザ窯であれは1分ほどで焼けてしまうとか。
 説明を聞いているうちにどうやら注文が揃ったらしく、名前たちの前にはおいしそうな熱々のピザたちが並ぶ。
 いただきますと手を合わせ、それぞれ自分の注文したピザに齧り付く。名前の注文したマルゲリータは自家製のトマトソースからして市販のものとは比べ物にならず、バジルの香りもいい。クセのないモッツァレラは無難と言うよりはむしろよく合い、ルカが絶賛するだけのことはある一品だ。そして何より生地がおいしい。外はカリッ、中はもっちりとしたこの食感はピザ窯ならではである。
「おいしい……! すごくおいしいです、ルカくん」
「よ、喜んでもらえて良かったです」
 ナナセに見つめられうっすら頬を染めるルカ。周りからは早く告白してしまえばいいのに……という視線が送られているが、文字通りナナセしか見えていない彼は全く気付く様子がなかった。

「というのがこれを持ち帰った経緯です」
「ピッツァはうまいが理解に苦しむ」
 お土産にとテイクアウトしたピザを食べたブレラは、そう言って二切れ目に手を伸ばす。きのこたっぷりのボスカイオーラがお気に召した、という訳ではなく彼は美味しければ進んで食べる。特別嫌いもなければ好きもないのでこの手のお土産は決まって名前の好みに偏るのだが、今まで高カロリーという指摘以外は受けたことがないので特に問題は無いのだろう。
 名前もいつものように少し分けてもらうと、テイクアウトでも十分美味な味が口内を満たす。本日何度目かのルカ曰く、テイクアウト用の窯も置いているらしい。何やらあれこれ詳細を聞かされた名前だが結局仕組み的なことはよくわからず、おいしいことだけは身に染みてわかった。
「食べたいものを食べればいいだろう。食べるのにいちいち理由がいるのか?」
「……今日がピザの日って言い出したの、あなたの妹ですけどね」
「…………」
 妹のことならなんでもわかると豪語するブレラであったが、記念日を楽しむ乙女心にはやはり理解がなかったらしい。付き合ってx日記念等とは今まで無縁だったことからわかっていたことだが、固まる姿につい名前は笑ってしまった。
「別に、ランカもみんなも記念日に振り回されてる訳じゃないよ。ただ何かをきっかけに、みんなで楽しい時間を共有したいだけ」
 実際、ナナセの言葉がなければ名前が今日ピザを持ち帰ることは無かっただろう。あの話はあくまで「そうなんだ」と情報を共有・共感することが目的であって、ピザを食べに行ったことは延長線に過ぎない。もしあの場で「ところで今日娘娘行かない?」と誰かが言えばそちらに行っていたはずで、お土産もまぐろ饅になっていたはずである。
 名前の言葉に納得がいったらしく、ブレラの眉間に僅かに寄せられていたシワが綺麗になる。こういった話で消化不良を起こしがちな彼だが、それは単に置き換えて考えるのが不得手なだけで理解がない訳では無い。あけすけに言ってしまえば、融通がきかないだけなのだ。
「今度は食べに行くか」
「……珍しいね。気に入ったの?」
「お前が言ったんだろう」
 はて、と名前は首を傾げる。
 おいしかったとは言ったがまた行きたいと言った覚えはなく、ここで曖昧に頷くのはあまり得策と言えない。
「……きっかけは、何でもいいんだろう」
「! ……うん、行きたい」
 融通がきかないのが欠点ではあるが、一度理解してしまうと手強いのがブレラである。
 これはやられた……と、すっかり舞い上がってしまった名前は甘えるようにその肩にもたれるのだった。


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