目覚めると、私は温もりの中にいた。昨日は結局寮にも帰らないで歌っていたんだっけ。あのまま眠ってしまったのか、とまだ寝起きで視界がぼやけたままボヤッとそんなことを考える。これは先生にバレたら大目玉くらいそうだなあ。どうしよう。大丈夫、かな。
体を動かそうとすると、ギシ、と背骨がいやな音を立てる。変な格好で寝たんだな、と認識したその時だった。



「……ん…」

「!?!?」



やっとはっきりしてきた視界。そこには目を閉じて眠る砂月の顔が間近に迫っていた。これにはさすがに私の頭は一気に覚醒せざるをえない。パニック寸前の頭をどうにか落ち着かせて、まず状況を確認しようと試みた。可能な限りで辺りを見渡すと、すぐ近くに毛布をかぶった春歌ちゃんと那月くんが寄り添うように床に寝ていた。それに対して私は、壁に背を向けて座ったまま器用に眠っている砂月に抱きかかえられていた。しかもしっかり毛布に包まっている。…いや、確認しといてなんだが、本当に何なんだこの状況。嘘だろ



「……夢じゃない」



試しに自由がきく左手で頬をつねってみたが、当たり前のように痛かった。夢じゃないのかこれ。何でこんなことなってんだ。

…ダメだ昨日(正しくは今日?)の記憶が一部途切れているからわけが分からない。



「砂月さんやーい…」

「………」



試しに小声で呼び掛けてみたが、砂月は起きる気配を微塵も見せなかった。淡い希望を抱きながら春歌ちゃんの方を見たが、こちらもぐっすり眠っているようで、2人とも起きる気配はなかった。なんてこった。これでは私は動けない。何故なら彼の腕にがっちりホールドされてしまっているからだ。仕方ない、と早々に諦めて顔を上げると砂月は穏やかな顔をして眠っていた。那月くんと同じ寝顔だ、と少し笑みがこぼれる。こうして眠ってたら、すごく可愛いんだけどなぁ。きっと本人に言うと怒られるから言わないけど。私だって命は惜しい。



「(まつげ長いなぁ…)」



いつも私がふざけてばっかりいるから、こうしてまじまじと彼の顔を見るのは初めてだ。色は白いけれど、程よく体も鍛えられているし、腕も私をこんなに簡単に抱き抱えられるくらい逞しい。改めて、砂月は男の子なんだなぁと実感する。そうして一度意識してしまうと、さっきまで全然平気だったのに、急に恥ずかしくなってきた。顔がポッと火照るのを感じて顔をそらそうとした。



「…え……?」



砂月の右肩の辺りに感じた違和感に私の心臓がどくんと大きく脈打った。さっきまでのどきどきとは違う、何か冷たいものが体中を駆け巡るような感覚。

砂月の体が、透けている。



「さつ…っ!!」

「………ん?」



思わず大きな声を上げそうになって、体を捩ると、眉間に少ししわを寄せて彼は目を覚ました。



「…起きてたのか」

「う、うん……あれ?」



小さくあくびをする砂月はまるで何事もなかったように平然としていた。さっきのは見間違いだったのだろうか、ともう一度彼の肩を見たけれど、そこはもう透けてなどいない、普通の人間の肩だった。思わず肩に触れてみたけれど、やっぱり普通の、何の変哲もない砂月の体がそこにあった。



「…何だよ」

「あ…いや、何でもない…ごめんね」

「…別に気にしねぇよ」

「うん、ごめん、」



変な奴だな、と彼は私を見下した。その瞳が少し優しげに見えたのは私の幻覚なのかな。



「あの2人は起きそうにねぇな。…ったく」

「どうしたの」

「お前、春歌1人くらい抱えられんだろ。部屋つれてくぞ」



そういって立ち上がった砂月は、毛布ごと那月くんを抱え上げた。2人とも同じくらいの体格なのに…さすがです砂月さん。ぽかんとしている私に「さっさとしろノロマ」と、砂月の冷たい視線が突き刺さった。何だよ、さっきまでドキドキしたり、心配までした私はバカか。うんバカだよ知ってた。

ぶつぶつ言いながらも、私は春歌ちゃんを抱えて砂月に続いてレコーディングルームから出た。こうして抱えて歩いていても、2人は起きる気配すら見せずにすやすやと眠っていた。



「砂月は優しいねぇ」

「気色の悪いこと言ってんじゃねぇよ」

「おっといいのか?今私に危害を加えれば那月くんの大切な春歌ちゃんが傷つくぜ」

「…ったく……いい性格してるよな、お前は」

「それほどでも」

「褒めてねぇよ」



それからは、それぞれの寮に帰るまで一言も喋らなかった。あまりに気持ち良さそうに眠る2人を起こすのは忍びない、と思ったからだ。彼もそのことに気付いてくれたのか、喋らなかった。気まずい沈黙ではなかったけれど、どうしてなのか、さっき感じた私の胸のざわめきは一向におさまる気配はなかった。


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