夢を見た。砂月が消えてしまう夢を。ついこの間までは現実味を帯びたことだった。砂月は那月くんで、那月くんは砂月だから。いつ消えたっておかしくない存在。でも彼らは存在している。お互いに自らの肉体を持って、消えることなく。だから大丈夫。毎日そう言い聞かせることから、私の朝は始まる。私はみんなが言うほど強くなんかない。本当はとても臆病で、心の中ではいつも震えている。それを必死で隠そうと躍起になっているだけ。

私は今日も、自分を奮い立たせながらパートナーの待つレコーディングルームへ入った。





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「………」



どれくらいそこにいたのかは、今となってはもうよく分からない。ポツン、とレコーディングルームの床に座り込んで、ただ天井を見上げていた。何だかすべてバカらしく思えてくる。いっそすべてを捨ててしまおうか。そんなことを考えた時、シンとしたレコーディングルームに低い声がヘッドホン越しに私の耳に届いた。



『何やってんだ』



いつもよりも低い声。怒っているのだろうか、と、ふと顔をそちらに向けると、怒るというよりは呆れた顔をした砂月がガラス越しに私を見ていた。



「別に…落ち着くから」

『嘘吐くんじゃねぇよ、いつきのくせに』



一蹴された。何だこいつ。「いつきのくせに」ってどういう意味だよ、と反論しようとしたら、いつの間に移動したのか、砂月は収録するブースへと入ってきていた。



「湿気た面してんじゃねぇよ。…何があった。言ってみろ」

「…何で」

「あぁ?」



何で分かるんだよ。何かあったなんて私は一言も言っていないのに。怖い顔して、いつも憎まれ口ばかり言うのに、どうしてこんな時ばっかりそんな優しい顔になるわけ。似合わないよ、ばか



「…言わねぇなら、ここで襲うぞ」



何も言わない私を床に押し倒して、砂月は鋭い瞳で見つめた。目の前には砂月しか写らない。いつもだったら「この万年発情男!」なんて憎まれ口の1つも口を突いて出るのに、今日は何も言えなかった。



「…抵抗しないのか」

「……別に砂月はこれ以上はしないでしょ」

「分かんねぇぞ」



しゅる、とリボンが簡単に解かれて砂月の白く長い指が私の首筋をなぞる。ぴくりと体が反応したけれど、私は抵抗しなかった。ただじっと砂月を見つめていると、彼ははあ、と大きなため息を吐いて私の上から退いた。ほらね、砂月は何もしないでしょう?



「…ったく、」



そう言って砂月は私に背を向けて座った。彼の表情は私からは完全に見えなくなり、彼の視界からも私は消えた。ため息を吐いているから、かなり呆れていると思われるが。私はリボンをそのまま床に置いたまま、ちょこんと砂月の背中に寄り添うように座った。ぴく、と砂月の体が反応したが、彼が振り向くことはなかった。



「さっき襲われかけたくせによく近づいてくるな」

「あれは襲ったとは言えませーん、残念だったな砂月くん」

「そうかよ」



本気出せばよかったな、とか物騒な台詞が聞こえたのはスルーしておく。本気出したって襲わないくせに、いや、襲えないくせに。バカだ砂月は。

しばらく沈黙が続いたけれど、それを破ったのは砂月だった。



「…言えねぇことか」

「…んー、言ったら砂月は怒るからねぇ」

「内容による」

「じゃあ、言わない」



可愛くねぇ奴だな、なんて砂月の呆れた声が響く。そんなの初対面の時から分かり切っていたことだ。何を今更。



「お前はどうしたいんだ」

「…今日は思いっきり騒ぎたい気分、かな」

「じゃあ騒げばいい」

「付き合ってくれるの」

「今更、だろ」



くるりと振り向いた砂月は私の頭を乱暴にぐしゃぐしゃと撫で回す。



「…で、何するんだ?」

「歌う。弾く」

「単純だな」



ちょっと待ってろ、とレコーディングルームを出た彼は、数分後にヴィオラを手に持って現れた。人の気配を感じて、ふと視線を彼の後方へと向けると何故か春歌ちゃんと那月くんがついてきていた。少し呆れた表情で2人を見つめる砂月。特に気にもしなかった私は「人数が多い方が楽しいよ」と彼を説得する。お前がそう言うなら、と納得した砂月はすぐに収録を行うブースへと入る。それからは4人で、夜が更け日付が変わるのも気にせず、ただ自由に音楽を奏でて楽しんだ。




(曲できました!)(よっしゃ春歌ちゃんの曲歌うぜ!)(あっ僕も歌いますー!)(落ち着けお前ら)


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