僕はね、君に会えてすごくすごく嬉しかったんだよ。

つい最近まで僕は君の存在を知らなくて、でも君は僕をずっと昔から守ってくれていた。きっと何度ありがとうって言っても言い足りないんだろうなぁ。だから、君の幸せを願わずにはいられないんだ。君は僕の影だというけれど、確かに「砂月」という1人の人格。個人だから。大好きな人がいるなら、その人とまとめて幸せになってほしい、笑っていてほしい。なのに君は僕の中にいるから。そして君はとても優しいから。優しい君は僕のことを考えて、自分の気持ちに蓋をして僕のために消えようとまでした。そんなのは嫌で、耐えられなくて。僕は強く、ただ強く「彼を自由にしたい、幸せになって」と祈りながら眠りについた。

その結果待っていたのは、僕と君の分裂。どうしてこうなったのか、分からない。でも僕は驚きと同じくらい歓喜した。神様が僕の願いを聞き入れてくれたみたいだ。すごく嬉しかった。





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「さっちゃん、何だか嬉しそうですねぇ」



テーブルの向かい側に座っているさっちゃんは、心なしか嬉しそうに見えた。ちょっと表情は分かりにくいけれど、僕には分かる気がした。んなことねえよ、と一瞬顔を上げて呟いたさっちゃんはすぐに手元の楽譜に視線を移した。



「いつきちゃんと何かあったんですか?」

「だから何もねぇって言ってるだろ」

「ふふっ、嘘ばっかり」



しつこいとばかりにさっちゃんは僕の額に軽くでこぴんをした。彼は軽くしたつもりなのだろうけど、力の強い彼のでこぴんは痛かった。痛いのは嫌だから、僕は黙る。さっちゃんも喋らないから、カチカチと部屋の時計の秒針の音だけが響いていた。



「………違うな……こっちの方が…」



静かな空間に突然響いたさっちゃんの声に、少しうとうとしかけていた僕は覚醒する。さっきから熱心に書き込んでいたそれは楽譜で、タイトルにはまだ何も書かれてはいない。一体誰のために書いているのだろう。時間を忘れるほどに、無意識に声を漏らすほどに、懸命に書かれた曲を歌うのはいったい誰?なんて、答えは聞かなくても分かってた。きっと、



「ねぇさっちゃん」

「…何だ?」

「その曲が終わったらでいいから…僕にも一曲、曲を作ってほしいです」



どうしてそんなことを言ってしまったのか、自分でもよく分からなかった。慌てて訂正しようと思ったけれど、さっちゃんは少し驚いた顔をして僕を見て、それからちょっと不器用に微笑んだ。ペンを置いて、「バカ野郎」と僕の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。



「…頼まれなくても、書いてやるよ。お前のためならな」

「うん、…ありがとう」



僕がへへへ、と力なく笑うと、今度はぽんぽんと優しく頭を撫でて、さっちゃんは視線を楽譜に戻した。



「…それにしてもよく分かったな。これがお前の曲じゃないって」

「分かりますよぉ。だって楽譜からさっちゃんの“大好き”が伝わってきますから」

「んなもん込めてなんかねーよ…」

「プレゼントするんでしょう?」

「…頼まれたからな」

「ふふっ、さっちゃんは優しいなぁ」

「那月…お前なぁ…」

「いひゃい!いひゃいよひゃっひゃん!」



びよーん、と効果音がしそうなほどさっちゃんが僕の両頬を引っ張る。お前はいつも一言多いんだよ、とため息を吐いて、さっちゃんはまた不器用に微笑む。いつかさっちゃんの本当の笑顔を見ることが出来るのかなぁ、なんてちょっとだけ思った。でも、さっちゃんはなかなか手を離してくれようとしないから、僕もえいっと彼の頬を引っ張った。ふふ、おもしろい顔だなぁ



「砂月砂月!!ヤバいよ砂月にそっくりな猫が…ってあれ?」

「あ、ふぉんひひふぁー」

「のっふふらいしろ」

「……何やってんの2人とも」



突然部屋に入ってきたいつきちゃんは、変なものでも見るような視線で僕達を見た。さっちゃんはすぐに手を離し、消しゴムを彼女の方に投げた。もちろんその消しゴムは勢い良く彼女の額にぶち当たって、手に持っていた何かを取り落として悶絶する。いつきちゃんが落とした“それ”からニャーン、と小さな声がした。



「わあっ!猫さん猫さん!可愛いっ」

「おい那月、興奮するな」

「ちょっとは私の心配しなさいよ!!」

「知るかよ」



ムキャー!!とおかしな奇声を上げていつきちゃんはさっちゃんに飛び掛かった。だけど、さっちゃんの手が彼女の額を押さえつけていて、リーチの差で彼女の手は彼には届かない。僕の腕の中で「仲いいね」と猫さんが鳴いた。



「そうですねぇ、仲良しさんです」

「ん?那月くんどうしたの?」

「いいえ〜何でもないです…あっ、この猫さんさっちゃんに似てますねぇ」

「でしょ!目付き悪いところとかね!」

「てめえ」

「痛い!!」



さっちゃんはいつきちゃんのこめかみを拳でぐりぐりと押さえつける。相当痛いみたいで、いつきちゃんは少し涙目だ。「くだらねぇことで作曲の邪魔してんじゃねぇよ」ってさっちゃんは怒っているみたいだけど、猫さんは彼のことを見抜いているようで、呆れたようにニャアと鳴いた。




(そうなんですよぉ、さっちゃんは素直じゃないんです)(にゃおん)(那月くん…猫と喋っとる…)(おい那月さっきから恥ずかしいこと肯定してんじゃねえよ。猫黙れ)(あんたも分かるんかい)


僕のねがい
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