それは、不気味なほど美しい、十三夜の月が輝く、夜の出来事。江戸の町を流れる、とある川に架かった橋の上で、一人の男が呼び止められる。
「ちょいと失礼。桂小太郎殿とお見受けする」
「…人違いだ」
男は目深に被った笠を引き下げ、否定の言葉を口にするも、相手は全てを見透かすように、ただただ笑みを浮かべるのみ。
「心配いらんよ。俺は幕府の犬でも何でもない」
「犬は犬でも、血に飢えた狂犬といった所か。……近頃、巷(ちまた)で辻斬りが横行しているとは聞いていたが、噛みつく相手は選んだ方がいい」
隠しても無駄か。そう悟った桂は、解り易いよう、己の素性を臭わせた。
「あいにく俺も相棒も、アンタのような強者の血を欲していてね。ひとつやり合ってくれんかね」
端から解っていただろうに、桂が素性をさらした瞬間、相手の右手が腰に下げた刀へ伸びる。その刹那、桂の視界に飛び込んで来たのは、怪しく瞬(またた)く、紅色の刃。
「貴様、その刀は…っ」
目を見張った桂が、振り向きざまに何かを口にするより早く、相手の男が桂の横を通過した。
「アララ。こんなもんかい」
一瞬の静寂の後、笑みを深めた男が小さく呟く。
ブシャアアア!!
瞬間、桂の背中からは大量の鮮血が飛び散った。
その場に倒れる桂の姿を、空に輝く月のみが、ただ静かに見下ろしていた。
月 の 雫 ― 紅 桜 篇 ―
銀時率いる万事屋の元に珍しい来客があったのは、それから数日後の事。
「お茶です」
何時も通り、容れたてのお茶を差し出す新八。しかし、様子が可笑しい。
それは、客人と向かい合わせの席に座っている銀時・神楽も同様だった。
唯一上機嫌なのが、何故か客人の隣に腰掛け終始ニコニコ顔の名前のみ。
何を隠そうその客人というのが、現在名前の可愛いものランキングの頂点に君臨している、あの謎の地球外生命体、エリザベスだからなのである。
「……あのォ、今日は何の用で??」
名前ほどエリザベスに愛着もなければ愛情もない銀時は、さっさと用件を聞き出そうとするが…、
「・・・」
エリザベスは沈黙。看板すら出そうとしない。
その居た堪れないさに、顔をひきつらせた銀時が、助けを求めるように、傍らに座る神楽と新八にこっそり耳打ちをする。
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