「この度から万事屋さんでお世話になります、名字名前と申します」



そう言って深々と頭を下げたのは、見た事もない程の、美しい娘だった。

万事屋の大家であり、なおかつ1階でスナックを営むママのお登勢は、その娘、名前を目にした瞬間、目を見開いたまま呆然とその場に立ち尽す。



(ま、当然か)



そんなお登勢の反応に銀時は渋々納得。何故って、そりゃあ2階に住む厄介者が突然「紹介したいヤツが居る」と、開店前の店にやって来たかと思えば、連れて来たのがなんと女で、それもスーパーがつく程の美人とくれば、彼女のような反応になるのは至極当然の事。



「銀時ちょっと来な!」

「あ?…って、イテテテ!何しやがるババァっ」



――しかし、それまで放心状態だったお登勢が突然銀時の耳を引っ張り、



「アンタ、ついにヤっちまったんだね!!」



訳の解らぬ事をほざく。



「何言ってんだよクソババァ。話がみえねーぞ」

「アンタみたいな甲斐性無しの駄目男のトコに、こんな綺麗な娘が嫁いで来るなんざ、ヤっちまったに違いないんだよ!」

「だから何をだァァァ!……つーか、何かすっっげー誤解されてるっぽいんですけどォォォ!?」

「根性は腐っても、魂だけは全うなヤツだと思ってたのにね。まさか女欲しさに相手を妊ませちまうなんて!そんな事して手に入れたって、後悔するだけだよ?本気で相手が欲しけりゃ、例え月とスッポンだろうが――」

「腐ってるのはオメーの頭だァァァ!!妄想も大概にとけよ!なに勝手に話進めてやがんだ!コイツの話聞いてねーのか!?」

「…話?」



お登勢は訝しげな顔で名前を振り返る。名前も苦笑を浮かべながら先程の台詞を復唱した。

“万事屋で世話になる”

その部分を強調して。



「なんだ、新しいバイトの娘かい?全く、年寄り驚かせんじゃないよ」

「るせェ!驚いたのはこっちだっつーの!!しかもすげー傷ついたし!俺のハートはな、硝子の10代ばりに繊細なんだよっ」

「図太いの間違いだろ?…にしても、アンタんトコ、3人もバイト雇う余裕なんてあんのかい?なんなら、この娘はウチで面倒見てやっても良いんだよ?見栄えは良いし、贔屓の客も増えそうだ」

(冗談じゃねェェ!?)



確かに見栄えは最上級だが、それは一日限定の事。次の満月まで、また黒髪女子に逆戻りなのだ。

しかも、此処は多くの人間が集う。ただでさえ人目を忍ばなければならないと言うのに、そんな珍しい娘が居ると解れば、あっという間に噂が広まってしまうではないか。



「ダメダメ。名前ちゃんは万事屋の家事担当って、神楽と決めたんだよ」

「そう、なんですか?」



名前が首を傾げる。



「そうなんです。んじゃ早速、晩飯の支度を命じる!ウチには大食い娘がいるからな、なるべく多めに頼むよ新入り君」

「ふふ、解りました」



名前は可笑しそうに笑みをこぼすと、お登勢に軽く会釈をしてから2階の万事屋へ戻って行った。

軽快な足音が響き、次いで玄関の引き戸が閉められる。名前が家の中に入ったのを確認するなり、ふところから煙草を取り出したお登勢が一言。



「あの娘、かぐやだろ」



銀時は目を見張った。



「ババァ、気付いて…」

「年寄り舐めんじゃないよ。それにアタシらの業界じゃ有名な話さね。かぐやの並外れた美貌は」



どんなに強固な相手だろうと、その美に魅入られれば一瞬で腑抜けへと成り下がる。それ程の美貌を、かぐやと言う種族は持ち合わせているのだ。

そして、その美を欲し、様々な種族が『かぐや』に群がった結果、国は滅び、一族は滅亡した。



「でもまさか生き残りが居たとはね。…この事が外に漏れれば、あの娘も、そしてアンタ達もただじゃすまないよ。それを解った上で、厄介事を抱え込もうってのかい?」

「ああ」



迷いなく頷く2階の住人に、お登勢は「やれやれ」と苦笑を浮かべる。



「まさか、アンタまでかぐやの美貌に魅入られた訳じゃないだろうね?」

「んな訳ねーだろ」



銀時はヒラヒラと右手を振って、スナックお登勢を後にする。慣れ親しんだ階段を登り、玄関の戸に手をかけると、中から笑い声が響いてきた。

その声を聞きながら、銀時は思う。



(確かに名前のツラには魅入られてなんざいねェ。けどな、何よりも家族を、仲間を大切にするアイツの魂には……激しく心が揺さぶられたんだ)



だから護ろうと、護ってやりたいとそう思った。



(何て…らしくねーな)



小っ恥ずかしい己の感情に頭を掻きつつ、銀時は万事屋の戸を開ける。



月の雫 15

≫何だかんだで、その後、夢主は(※満月の日以外、裏方担当で)お登勢さんのお店を手伝うように…。でも人柄のよさで贔屓の客が増え、それを知った銀さん達がヤキモキすればいいと思う(笑)