“私を連れ去って”
名前の口から溢れ落ちた、小さな小さな彼女の本音。万事屋銀ちゃん・坂田銀時は、それを決して聞き逃しはしなかった。
「聞いたかお前らァ!!」
ニヤリと口角を吊り上げ、銀時が大声を上げた瞬間、突如、名前の頭上に、二つの人影が現れる。
「「当たり前じゃァ!!!」」
人影の正体は、右手に竹刀を構えた新八と、拳を振り上げた神楽の両名。
「いつの間にっ」
二人の乱入に一瞬だけ土方の気が削がれる。その僅かな隙を見逃す事なく、銀時は名前に手を伸ばすと、彼女の身体を素早く抱き上げ、猛スピードで後方へと駆け出した。
「坂田さん!?」
「るせェ!黙ってろ!」
逃げる途中、後方の二人に目をやると、二人は、やり過ぎじゃね?というくらい暴れ回っている最中で、土方は銀時達を追う事が出来ず、その場で足止めをくらっている。
陽動は成功。銀時は直ぐに退却の指示を出した。
「新八、神楽、退け!」
「くそ、待ちやがれ!」
周囲を森で囲まれたこの村は、身を隠すには打って付けで、瞬く間に土方の声は彼方へと消える。
小さくなる村の灯りを感じながら、名前は自分を抱き上げ森を駆ける、白銀の髪の男を見上げた。
「坂田さん、下ろして」
連れ去って欲しいと願ったのは自分だ。けれどそれは、一時の感情で口にすべき事ではなかった。
自分の軽はずみな発言により、万事屋に無茶をさせ、結果、真選組に――幕府に刃向かわせてしまう事となったのだから。
「私、村へ戻ります。今ならまだ許して貰えるかもしれません。戻って土方さんに謝りましょう」
「ヤなこった。誰があんなマヨラー侍に貴重なツラァ下げるかってんだ」
「でもこのままではアナタ達が罰を受ける事に」
「その心配はないネ」
突然背後から響いた声に、名前はハッとする。足を止めた銀時がゆっくり後ろを振り返ると、そこには満足げな顔をした新八と神楽が佇んでいた。
「土方さん、端から僕達を追いかけるつもりはなかったみたいなんです」
「それってどう言う…」
全く現状が把握できず、瞳を丸くする名前とは対照的に、彼女を抱き上げたままの銀時は、腹立たしそうに舌打ちを打つ。
「くそ。あの格好つけマヨ。端から名前を連れてく気がねェならさっさとそう言いやがれっての。おかげで無駄な体力使っちまったじゃねェか!」
「仕方ないじゃないですか。土方さんも名目上は幕府側の人なんですから。自分の意志じゃないとは言え、規律を破る訳にはいかないでしょうし」
「規律がなんぼのもんじゃイ!そんなもので、私のお腹は膨れないネ!」
「お前と規律は永遠に無関係のままだよォ!」
すっかりお馴染みとなった漫才トリオは置いといて。彼らの話を要約するに、土方はわざと、名前を逃がしたと言う事で。
それはつまり、銀時達が罰せられる事は…ない。
「よ、良かった」
「お、おい!」
安堵のあまりに全身の力が抜けてゆく。それと同時に、ズルズルと銀時の腕から滑り落ち、名前はその場に座り込んだ。
「たく何やってんだよ」
そんな名前の前に、大きな右手が差し出される。主は勿論、坂田銀時。
「ほら行くぞ。今更キャンセルはなしだからな。依頼はきっちり果たさせて貰う。報酬は……ま、その身体で払って――」
「オィィ!アンタ何言ってんの!?最低だよォ!」
「銀ちゃんはやっぱり女の敵アル!名前姉に近付くな、この変態侍が!」
「ちょちょ、ちょっと待て!お前ら何か誤解してねーか!?銀さんが言いたいのはだな、肉体労働の事であって――」
「「問答無用ォォォ!!!」」
一度は取る事を躊躇った銀時の右手。けれど今は、その手がどんなに優しく、どんなに暖かいかを知ってしまったから。
名前は信じて、この男の手を取る事ができる……
「ぎぁあァァァァァ!」
――かも??
月の雫 14 ≫名前ちゃん無事に万事屋メンバー入り?です。彼女を逃がした土方さん側の話も打ってみたいな
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