キスから始まる恋もある
冬の気配が近づく、秋の夜の事だ。仕方なく引き受けた任務からの帰宅途中。中庭に、ある人物の影を見つけて、雲雀恭弥はピタリと足を止めた。
「…名前?」
月もない真っ暗闇の中でも、彼女だと言う事は一目で分かる。しかし、こんな時間に庭で一体何をしているのだろうか?
秋の夜と言えば、外はかなり冷え込む。それは名前自身も肌で感じているらしく、無意識に自分の身体を抱き抱えるような仕草まで見せている。
(…寒いのなら中に入れば良いのに……)
あそこに居るのが名前以外の人物なら完全無視を決め込むのだが、彼女である以上それは出来ない。雲雀は「はあ」と小さく溜息を零しながら、名前の傍へと歩み寄った。
カサリ、カサリ。
わざと枯れ葉の音を響かせながら近付くが、名前は一向に気付く気配を見せない。彼女は自分に危険が及ぶという考えを持っていないのだろうか?
(……他人の事は煩い位、心配するのにね…)
これは少し自覚させた方が良い。さて。一体どうやって自覚させようか。そんな事を考えながら名前との距離を縮める。
――と、そこで。
「誰?…あ、雲雀さん」
名前はやっと雲雀に気が付いたらしい。一瞬、訝しげな顔を見せたが、相手が雲雀だと分かった途端、ふわりと表情を和らげ、微笑みを浮かべる。
「お帰りなさい。今日は遅かったんですね?」
「…まあね。相手が数ばかりを集めて始末するのに時間が掛かったんだ」
「始末、ですか」
瞬間、名前の表情から笑みが消えた。それを見た雲雀はもう一度溜息を零す。全く、面倒な子だ。
「…別に殺してないよ」
「え?」
「……勿論“咬み殺し”はしたけどね」
それを聞いた名前はキョトンと瞳を丸くして。それから可笑しそうに笑い始めた。そんな名前を見ながら雲雀は思う。面倒なのはどちらだろうと。
(この顔を見たいからって一々言う事じゃない)
面倒なのは僕も同じだ。
「…そんな事より、こんな所で何してるの?」
雲雀の質問に名前はニコリと微笑み、夜空を仰ぎ見た。そんな彼女に釣られる形で空を見上げた雲雀は、一瞬言葉を失う。
見上げた先に見えたのは、黒を覆う満点の星空。
「冬になると星が良く見えるって本当ですね。こんなに沢山の星達を見る事が出来るなんて思ってもいなかったから…」