07

「藤原さん昨日デートしてましたよね?!」


出勤するなり後輩の多田くんにやたら興奮気味に言われた言葉にわたしは見事に不意をつかれた。誰かに聞いたのか見られてしまったのか。確かに店の前を通ったし、そのときに見られていてもおかしくはなかった。デートじゃないよ、と伝えれば本当っすか?と疑惑の目で見られた。確かに側から見ればデートみたいだったんだろう、自分でもそう思ってしまうくらいだったし。


「そうそう、昨日大変だったんすよ」

「え、ごめん、お店忙しかった?」

「そうじゃなくて!あの長髪イケメンさん昨日も来てたんすよ〜。で、今日はいないのかって聞かれたんで休みですって言った瞬間にちょうど藤原さんが店の前通りがかって」


あのとき、桂さんがお店にいたとは。わたしがいない日は来ないのだと聞いていたのに、急遽シフトが変わったからかもしれない。総悟くんを連れて中に入らなくて本当に良かった。


「もうあの人めちゃくちゃガン見して固まっちゃって、お友達ですかねー!って誤魔化したんですけど、ショックだったんじゃないっすかね〜」


あの様子じゃ今日は来ないかもしれないっすね、と言われてそこまで落ち込ませてしまったのかと思う。それとも彼が真選組と知っていて身構えていたのかもしれないけれど、そんなことは多田くんにはわからないだろう。


「そっか…多田くん、気遣わせちゃってごめんね?」

「それは別にいいんすけど…、で、結局のところはどうなんっすか?!どっちなんすか?!」

「どっちって…。どっちでもないよ。昨日の人は一緒にいただけだし、お客様はお客様」

「またまた〜!ま、俺としては長髪さんを応援してますけどね!」

「はいはい。そろそろ開店だから」


開店準備のため多田くんにパッと背を向けて暖簾を出すべく店先へ出た。別に、どっちでもない。桂さんも総悟くんもわたしにとってはそんな対象じゃない、お客様だ。だいたい桂さんはともかく総悟くんなんて向こうにもその気はないだろうし、そんなことを言ったら何を言われることやら。ため息を飲み込んで早速来店してくれたお客様へできる限りの笑顔を向けた。




****




お昼を過ぎた頃、ゴミ袋を切らしてしまって急いで発注したけれど届くのは2、3日かかるから、と店長からおつかいを頼まれたわたしはお店の制服のエプロンだけ外してお財布を握りしめて外へ出た。大江戸スーパーまでは歩いて15分ほどなので来店が落ち着いてきた今のうちにと早足で歩いていた。

今日は桂さんは来ていない。前のように夕方頃に来るのかもしれないけれど、お蕎麦のメニューはお昼だけと知っているはずだし、やっぱり多田くんの言うように昨日のことを気にしているのかもしれない。なんて、たった1日、それもまだ昼過ぎに来ないだけで気にする必要なんかないのに。毎日のように来店される常連さんだってたまには来ない日もあるんだから。

昨日から度々自分の思考に現れてくる桂さんを頭から追い出そうと無理やりに別のことを考えてみる。あ、あの甘味処、新しいメニューが出てる。お団子食べたいな、今度寄ってみようかな。看板に書かれた新メニューの文字に気を取られていたわたしは遠くから騒がしい足音と怒号が聞こえてきて足を止めた。


「…?なんだろ」

「…小春殿!!」

「え?!わ、わわ…!」


振り返って騒がしい方を眺めていたら突然腕を強く引かれてわたしは路地に引っ張り込まれた。そして物陰に隠れるように誰かの腕の中に閉じ込められた。痴漢か、通り魔か、強盗かもしれない。慌てて目の前の体を押しのけて顔を見上げればその人は桂さんだった。走ってきたのか、すこし額に汗が滲んでいる。


「か、桂さん!なななんなんですか急に…!」

「すまない、真選組に追われていてな」

「だからってなんでわたしまで隠れるんですか!これじゃあわたしまで逃げてるみた…」

「しっ…しずかに」


どっちだ、どこにいった?!探せ、まだ近くにいるはずだ!真選組の声だろうか、すぐそばの通りを人が駆けていく音がする。頭を抱え込まれたわたしはぼふっと顔面をその胸元に強く押し付けられた。黙らせるためとはいえ、抱え込まれている状態はひどく恥ずかしい。桂さんが首を伸ばして外の様子を伺おうと動くたびにわたしの首筋にさらりと髪が触れてくすぐったい。

本当なら暴れて押しのけたいのに、見つかってしまうかもしれないので動くことができず大人しくしているしかなかった。目をぎゅっとつぶって息を潜める。恥ずかしい、とにかく恥ずかしい。心臓がうるさい、これじゃあ桂さんにも鼓動が伝わってしまう。真選組の人お願いだからはやく何処かへ行って…!

しばらくそうしていると表の通りがようやく静かになり、桂さんは腕に込めた力を少し緩めた。それでもまだ警戒しているのかわたしの体に腕を回したままちらちらと様子を伺っている。


「どうやら行ったみたいだな」

「…あの」

「なんだ?小春殿」

「…ち、近い、です…」

「す、すまない」


パッと手を離した桂さんから半歩離れる。顔赤くなってないかな、恥ずかしい。びっくりしたのと見つかる緊張感と恥ずかしいので未だ落ち着かない鼓動に静かに深呼吸をして視線を下へと落とした。どうして巻き込んだんですか、と小さく呟けば上からすまない、と再び謝罪が降ってきた。


「昨日、小春殿に会いに店まで行った」

「…はい、ききました」

「あぁ、だが、会えなかった」


だから逃げながらわたしを見かけてつい連れてきてしまったのだと話す桂さんを見上げた。表情はいつもとさして変わらないのにどことなく寂しそうな声色に何故だか胸がチクリと痛んだ気がした。


「昨日はお休みをいただいて、真選組の方と一緒でした」

「やはり見間違いではなかったのだな」

「…はい。でも、あの方とは別に何もなくて。本当にただ一緒にいただけなんです」


そうか、と言った桂さんが少しだけ笑ったような気がした。だから勘違いしないでください。と言い訳をしてから別に桂さんに関係はないですけど!と言い訳の言い訳を投げつけてぷい、と顔を背けた。


「関係なくはないぞ、未来の妻に言い寄る男を許せるはずがなかろう」

「やめてください」


そうしていたのもつかの間、また騒がしくなってきた。まだ真選組が近くを探し回っているようだ。もう行かねば。そう小さく呟いて桂さんは笠を深くかぶり直した。


「小春殿、」

「…あの!…また、お店に来てくださいね?お蕎麦は桂さんのために用意したんですから」

「…あぁ、必ず」


背を向けられたとき、何故だかもう遠くに行ってしまうような気がして思わず言葉を遮ってしまった。彼さえ側にいなければ、真選組に目をつけられることもこうして巻き込まれることもなく平和に過ごせるはずなのに。いつの間にかいつだって桂さんが来店されるのを待ってる自分がいることになんか、とっくに気がついていた。

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