05

今日からの新メニュー、お蕎麦。ランチタイム限定の試験的なものだけれど、評判によっては常設できると店長が言っていた。昨日のうちに桂さんには明日も来店するか確認したし(どうせ来ると思ったけど)、来るならお昼頃にしてくださいとお願いしておいた。

桂さんがわたしのストーカーになって早1ヶ月。はじめはストーカーとは思っていなかったけど、さすがにあれだけ毎日のように現れてシフトから最近ではそれ以外の行動範囲まで把握されてはそう言わざるを得ない。家は最初に知られているのでバレる恐怖がないだけマシなんだろうか。とはいえ嫌がらせをしてくるわけでもなく、毎日のように求婚をされるだけなので聞き流してしまえば他に問題といえば桂さんが攘夷浪士であることくらいだけど”逃げの小太郎”なんて言われるくらい逃げ足が速いらしいので何も心配しないことにした。

お昼頃に来てくださいと言えば、桂さんはとても驚いて喜んでいた。思い返せばわたしから何か頼むのは初めてだったなぁと思う。たったそれだけで喜んでくれて、やっぱり可愛いところがある、と思ってしまうわたしは絆されやすいのだろうか。


「いらっしゃいませ〜。あっ、桂さん」

「小春殿。さあついに俺と夫婦になる決意はついただろうか」

「こちらへどうぞ〜」


このフレーズを聞き流すのは何度目か。スルーするのは得意なのだ。桂さんを席に着かせてオーダーをとるべくメモを構えた。


「…では、小太郎スペシャルを」

「って蕎麦じゃないんかい!」


何?なんなの?あれだけ毎日毎日蕎麦って言い続けてたのに、用意した途端に頼まないの?柄にもなく思い切り突っ込んでしまった。仮にもお客様に対して失礼だった。一度咳払いをしてすみません、ともう一度わたしは桂さんに向き直った。


「あの、お蕎麦のメニューができたんですけど」

「何?!ではそれを頂こう」

「はい、かしこまりました!桂さんって本当にお蕎麦好きなんですね」

「あぁ、当然だ。武士たるもの質素なものを食さねばならん」


いや、あなた今まで散々質素じゃないもの食べてましたけど。お侍さんも大変なんですねぇと言っておいた。わたしはスイーツが食べられなくなったら絶対に嫌だもん。


「桂さんが毎日頼んでくるから店長にお願いしてたんです」

「俺のためにか!小春殿は優しいのだな、礼を言うぞ」

「あとアンケートにもかつ…、いろんなお客様からお蕎麦の要望が多くて」

「アンケートの声を反映するとはさすが良い店だな!はっはっは!」


筆跡を変えているつもりなのだと思い出して言い直したけれど、やっぱりバレていないと思っているのか。天然なのかな、少しだけ攘夷党が心配になったのは内緒だ。今日は比較的空いているほうだけど、思った以上にお蕎麦は好評なようですでにいくつか注文が入っていた。しばらくして桂さんのところにお蕎麦を運べば、心なしかキラキラとした目で見られたような気がする。

綺麗な箸使いで長い髪を邪魔そうにすることもなく食事を終えた桂さんはこの後仕事、というか攘夷活動でもあるのか早々に立ち上がった。レジカウンターを挟んで向かい合う。


「小春殿、美味かったぞ。俺のために毎日蕎麦を作ってくれ」

「あれ、わたしが作ったわけではないので食べたければご来店ください」

「…今日の蕎麦も美味かったが、小春殿の作った蕎麦もさぞかし美味いことであろう!俺のためにま」

「蕎麦って一から打つわけでもないし誰が作っても同じだと思いますけど」

「……む」


唇を突き出して黙ってしまった桂さんの顔を見てつい少しだけ吹き出してしまった。いじわるを言ってしまっただろうか。相変わらずのプロポーズまがいの言葉を躱して、それでもめげない桂さんはすごいなぁと他人事のように思った。


「あはは、桂さんって可愛いですね」

「男に向かって可愛いはないだろう」

「すみません、でも…ふふ。拗ねてるのわかりやすすぎです」

「可愛いというのは小春殿のような可憐な女子に使うべきだ。…では、また明日な」


ついさっきまで拗ねていたはずの顔はどこへやら、急に優しい顔でそんなことを言い残して桂さんは去っていった。そんなことを言ってくるのはずるい。別に慣れたと思っていたのに不意打ちを食らって一瞬固まってしまい、ありがとうございましたと告げることも出来なかったし入れ違いに入ってきた客に気がつくこともできなかった。


「……あ、い、いらっしゃいませ!おひとり様ですか?」

「そうでさァ」


まともに顔を見てから彼が真選組の人間だと気が付いた。今日は隊服ではなく私服姿だったから気がつくのが遅れてしまった。手配書を処分してしまった後ろめたさを無理やり消し去って席まで案内をした。


「アンタ、嘘つきなんだねィ」

「…なんのことでしょう?」

「桂のこと、知らねェんじゃなかったんですかィ」

「…」


見てました?なんて言えば嘘だったのがバレバレになってしまうし、かといってどこから見ていたのかわからないから変な嘘もつけない。何か言わなくては、と口をはくはくと動かしてもロクな言い訳は浮かんでこない。


「ま、俺ァ今おまわりじゃねェんで見逃してあげまさァ。そのかわり団子サービスな」

「か、かしこまりました」


慌てて戻ってきたわたしに多田くんが大丈夫ですか?と声をかけてくれた。大丈夫なんでもないと伝えてお茶とお団子をとりあえず全種類一本ずつお皿に乗せて真選組の人のもとへ戻った。


「お待たせいたしました…!」

「お、気前がいいじゃねェか。アンタ話がわかる奴だねィ」

「…あの、」

「心配しなくても別にチクったりしやせん。ただ、アンタが俺の言うこと聞いてくれたら、ですがね」


断ったらわたしが罰せられるのだろうか。なんだか恐ろしいことを言われそうで、どっちが罰なのかわからない。えっと、でも、と答えあぐねていればお団子を一本手にとって一つ食べる。それは季節限定のよもぎだ、なんてそんなこと今はどうでもよくて。


「ダメならアンタのこと上に報告するしかなくなるねィ。桂と繋がってる女なんて即牢獄行きでさァ」

「……わ、わかりました。言うこと聞きますから」

「言ったね。じゃあ来週の水曜空けとけよ」

「えっ?来週ですか?ま、待ってください、バイトが…」

「シフト代わってもらいなせェ」


これ以上逆らうのも怖いので仕方なく頷く。シフト代わってくれる子いるかな…。滅多に休まないので多少は大目に見てもらえるかもしれないけど気が進まないのは確かだった。

その後、多かったと思うほど盛ったお団子は全て彼のお腹に収まった。帰り際に来週忘れんなよと釘を刺されて頷いたけれど、彼が出ていった後に名前も知らなければ水曜日はどうすればいいのかも聞いていないことに気がついた。もしかしたらそのまま警察に連れて行かれて事情聴取されてしまうかも。


「た、多田くん…わたしが急に辞めることになったらごめんね?」

「急にどうしたんすか!え、辞めないでくださいよ?藤原さんいなくなったらヤバイっすよ〜」

「うん…辞めないように頑張るね…」


兎にも角にも、水曜日が来ればわかるはず。警察に連れて行かれたら今までの事情全部話したっていい。咎められることなんか、桂さんのことを通報しなかったことだけなんだから。それでも今になっても桂さんを突き出す気にはなれなかった。

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