07
放課後。赤司と付き合い始めたという威力は大きいらしく、昨日まで好意を持って接してきていたであろう男子たちはほとんど話しかけて来なかった。呼び出してきた先輩とも偶然すれ違うことがあったが気まずそうに目を逸らされた。
「今日ヒマ?新しくできたカフェ行こうよ」
友人の一人が提案した件に満場一致で放課後の予定が決まったはずだった。特に何の予定もなかった小春もいくいくーと乗ったがすぐに別の友人の発言でそれを後悔した。
「その前にちょっとバスケ部見て行こうよ」
「行く〜!最近黄瀬くん調子いいもんね!小春も行くでしょ?赤司くん見に!」
「え?いや、」
バスケ部は別にいいよ、カフェ混むし早く行こう、今日はやっぱり予定が、何か言い訳をしようとしたが咄嗟にいい理由が出て来ず口ごもる。赤司くんもカッコいいよ!黄瀬くんの次に!なんて言われても行きたい気持ちなんて出て来ない。断ろうと小春が口を開くと同時に友人たちは教室を出ようとしている赤司に声をかけた。
「赤司くん!今日は小春連れて練習見に行くね!」
余計なことを、と小春は頭を抱えたくなった。制止するように袖を引っ張る小春のことは友人の目には”遠慮して練習を見に行けない彼女”とでも写っているのだろう。
「ほら、征くんの気が散っちゃうし、今日はやめ「ああ、わかった」…え」
「待っているよ、小春」
小春の方を向いてそう言うと赤司は今度こそ教室を出て行った。とっさにいつもの対応ができなかった小春は曖昧に笑い返した。
小春がバスケ部の見学を拒むのには理由があった。赤司の彼女としての行動をエスカレートさせることでお互いの負担になりたくなかったのだ。見学に行くことを日常的にしてしまえば、それをやめた途端別れたのではないかと噂が立つだろうと見越した判断だった。
また、仮にも”彼女”がわざわざ見に来たとなれば周りのチームメイトから揶揄われたりするかもしれない。そんなことを快く受け入れる人間とは思えなかったし小春自身が赤司の立場ならやめてほしいと思うだろう。本当の恋人ならばともかく偽りの恋人なのだから。
だがああ言われてしまえば行かないわけにもいかない。ちょっとだけね、と折れた小春は未だ赤司と小春のやり取りに興奮気味な友人たちに声をかけた。
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体育館へ着くとまだ練習は始まっておらず部員たちが好きにシュート練習やストレッチをしていた。多くの女子生徒たちの目当ての黄瀬はまだ来ていないらしくギャラリーも空いている。
「いつもは赤司くん目当ての子も多いけど、これからは減るかもね」
「赤司様…って崇める感じだったの結構やばかったよね」
「ふぅん」
全然興味なさそうじゃんあんたのせいだよ小春!と笑いながら言われる。興味なんてなくて当然だ。そのファン達を静かにさせるために恋人になったのだから。心底普段一緒にいる彼女たちが赤司ファンでなくてよかったし、自分の彼氏が黄瀬じゃなくてよかったと思った。
「あ、噂をすれば!」
声をあげた友人の目線を追えば赤い髪のコイビト様が出てきた。黄瀬くんと随分体の大きな紫色の髪の男子も一緒だ。
「紫原くんいるんだ、久しぶりじゃない?」
「え、いつもはいないの?」
最近あんまり見ないんだよと教えてくれた。うちは強豪校らしいのに練習に出なくて大丈夫なんだろうかと思ったが人にはそれぞれ事情があるだろうし、何より小春は別に興味はなかった。
特に親しい人はいないので赤司のことを見ていたが、一度も視線は交わらなかった。
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「ほらやっぱり来てるじゃないっスか!」
「あら〜ほんとだ〜〜」
普段のように今日も練習はサボって帰ろうとした紫原は放課後黄瀬に捕まって体育館まで引きずられた。何でも今日は絶対赤司の彼女が見に来るから、とのこと。別にお互いに藤原小春のことを見たことがあるのだから改めて見る必要もないと訴えたが、赤司と小春のやり取りをどうしても見たい!と言われれば確かにそれはそうかもしれないと思ってつい乗せられてしまった。
黄瀬の予想通り赤司の彼女と記憶していた女子はギャラリーにいた。しかし先ほどから当の二人は何かやり取りをするどころか目線すら交わさない。
「つーかやっぱり赤ちんが部活中に彼女とニコニコしてるわけねーし」
「そーっすよね…」
「まぁいつもより人少なくて静かでいいんじゃない」
基礎トレーニングが終わりボールを使った練習に移る頃にはいつのまにか彼女の姿は消えていた。赤司の様子はいつもと何も変わらないように見えた。
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30分ほど練習を見ると喉乾いちゃったという小春の声でその場を後にした。練習中の赤司はどうだったかとしつこく聞かれたが、別に何とも思わなかった。ただ何となく張り詰めた空気を感じてあれが強豪校のキャプテンなんだなぁ、大変だなぁ。という感想だ。それよりも待っているなどと言ったくせにこちらを見ようともしない赤司はやはり見学には来ないで欲しいのだろうと、小春は見学に来たことを後悔した。
どうして望まれてもいないことをしなければならないのだ。こっちが見たいわけでもないのに。
友人達にはわたしの征くん、世界一カッコ良かった!と言っておいた。
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家に帰るともう夕飯時だった。バスケ部の練習は何時までやっているのだろう。勝手に観に行ったことくらい謝るべきだろうか。もう行かないから安心してくれ、と一言伝えた方がいいだろうか。一人部屋で携帯を眺める。モヤモヤしているくらいならそれくらい送ってしまおうと思い立った時母親から夕飯のために呼ばれたのでベッドの上に放り投げて部屋を出た。
夕飯後自室に戻ると携帯に新着メッセージが届いていた。その内の1件は赤司からだった。
”明日の昼休みは学食で”
短く一言だけ。おそらく二人で食べるのだろう。あえて練習のことを掘り返す必要もないと思い、了承の返信のみを送った。母親にお弁当がいらないことも忘れずに伝えておいた。
「珍しいわね、学食は嫌いなんじゃなかった?」
「うん、まぁでもたまにはいいかなって」
まさか彼氏と一緒に食べるとは言えないので曖昧に濁しておいた。頭の中で赤司が彼氏、と考えることでさえ未だに違和感が拭えなかった。
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