04

小春が心の内を全部明かすのは従兄弟の前だけだった。小さい頃から大人たちには可愛いと褒められ、周りの男の子も好いてくれることが多かった。そうなれば同性からは妬まれることもあったので日々平和に過ごすために女子との関係には気を遣ってきた。いい子でいることで周りから好かれることを理解した。

それを理解すると同時に小春はどんどん冷めていった。いとも簡単に掌の上で転がるのが面白い反面バカな人たちだと。

従兄弟の真くんは自分と同種の人間だ。世渡り上手な彼が影では手段を選ばないことも知っているが小春にとっては相談に乗ってくれるし的確なアドバイスもくれる優しい兄のような存在だった。


教師からの信頼がある小春は頼まれごとをすることが多い。内心ではこき使いやがってと思いながらも何でも快く引き受ける。出来れば高校は推薦で行きたいのでこの程度は我慢する。従兄弟からそうした方がいいと言われたこともあるし、何より、”いい子の藤原小春”でいることは優越感に浸れて心地よかった。

今日は理科の授業の実験の準備を手伝ってほしいと言われていたので小春は授業が始まるより前に理科室へ向かった。特別教室へ向かう途中3年の教室の近くの階段を通る必要がある。もう秋が終わる季節なのでそろそろ3年生はピリピリしだす頃だろうか。分厚い参考書や過去問集を抱えている生徒も見かけるようになった。

階段を下っていると前から女子生徒3人が歩いてきた。そっと端に避けてすれ違おうとした時だった。


ドンッ


一人の肩が小春にぶつかった。よろけた小春はとっさに手すりを掴んで落下することは防げたが、ぶつかってきた相手は謝りもせず小春を睨み付けるとそのまま行ってしまった。


(はぁ?ぶつかってきて謝りもしないの?うっざ)


普段の小春なら自分に非がなくとも謝罪の言葉を述べていただろう。それでも相手が行ってしまっては言うタイミングもない。3年生ならば関わることもそうないだろうと苛立ちを消すように一度深呼吸をして理科室を目指した。




****




放課後、HRが終わると小春はクラスの女子に呼び止められた。


「小春ちゃん、これ3年生の先輩が渡してほしいって言ってたんだけど…」


遠慮がちに差し出されたのは1枚のメモ。折りたたまれたそれは無地のシンプルな紙だ。


「本当?ありがとう」


受け取ったメモを広げてみると 放課後 屋上 とだけ書かれていた。来いということだろう。筆跡からして女子だろうし、先ほどの彼女の反応からしてあまり良い呼び出しではなさそうだなと思う。なるべく顔に出さないようにしてそっとメモはポケットにしまった。




****




こんな呼び出しなど無視をしても良かったのだが、メモの受け渡しをさせられた彼女が責められては悪いと思い小春は屋上へ向かった。長くかからないといいなと他人事のように思いながら、上着のポケットに入れた携帯は録音できるようにして。

小春が屋上に着くと既にそこには3年生の女子が数人いた。中には今日階段でぶつかってきた相手もいたのでやはりあれは故意だったのだろう。


「来たわね」

「あの…、わたしに何か…?」


威圧的な態度の彼女たちは小春を取り囲むように立った。


「とぼけてんじゃないわよ。あんた広野くんにどんな手使ったの」


広野くん…?広野先輩か。去年委員会で一緒になって、たまに話しかけてきていた3年の先輩。つまり彼女たちとは同級生である。どんな手も何も普通に接していただけだ。告られたのは事実だけど。


「わたし、広野先輩とは何も…」


委員会で少しお話しただけです、と言ってもそんなわけないと甲高い声で喚き散らしてくる。話が通じない相手だと思った。多分広野先輩がわたしに気が合ったことを知っていて、とにかくわたしの存在が気に食わないのだろう。付き合ってなかろうが今は話すこともほとんどなかろうが、何をしたって気に入らない。

しばらく言いたい放題言わせておいたら(録音もしていることだし)、とうとう先輩はその手でわたしの肩を突き飛ばした。

ぼんやり考え事をしていたせいで踏ん張ることもできずバランスを崩す。尻餅をついた拍子に掌を擦りむいたのかじんわりと熱い。このまま話していても埒が明かないことにようやく気が付いたのか、向こうとしても大きな騒ぎにはしたくないのか、転んだわたしを見て先輩たちは慌てて屋上を去っていった。座り込んだままため息をついて携帯の録音を止める。


「お前、大丈夫か?」


突然かけられた男子の低い声にびっくりした。その声は上から聞こえたので見上げてみると、ドアの上あたりから日焼けした肌の男子が顔を出していた。


「見てた?」

「いや、寝てたし。でけー声聞こえて起きた」


つか今何時?と小春とのやりとりには興味がないらしい彼はあくびをしながら聞いてきた。16時だと答えるともう放課後じゃねーか、と小春の真横に飛び降りた。


「おら立てるか」


ぶっきらぼうに差し出された手を掴むとぐい、と引き上げられる。擦りむいた手がちょっとだけ痛かった。


「ありがとう」

「別に」


本当に何でもなさそうに言うとそのまま彼は屋上を出ていった。横に並んで気付いたがかなり背が高く筋肉質だったのできっと運動部なんだろう。屋上は立ち入り禁止なのに堂々と寝ているとは、常習犯だろうか。前に赤司が人探しをしているのを思い出したがそれを確かめようにも彼はもういなかった。

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