After day

じゅうしくん

じゅうしくん、おきて

…?


覚醒しきっていない脳に届いたその声は、ずっと聞きたかった愛する友の声だと思った。夢でもいいから会いたいと願えば願うほど彼女が夢の世界に現れることはなくて、もしかしたらまた朝を迎えれば隣に温もりがあるかもしれないとありもしない願望にすがっては眠れない夜を過ごした。辛うじて睡眠と呼べる休息から目を開けても可愛らしい小さな友の姿があるだけの朝は何度迎えたかわからない。

ギシリとベットが微かに軋む。何度も自分を呼ぶ声はかつてのたった数日しか聞いていなくとも忘れるはずのないアマンダの声。まだ夢に浸っていたくて十四はそばにあるはずのアマンダを引き寄せて抱え込み、布団に深く潜り込んだ。


「きゃ!じゅ、十四くん!」


まどろみの中で聞いていた声は随分とはっきり聞こえるようになった。あまりにも不自然なその声に目を開ければ、自分を覗き込むようにベッドに乗り上げる女の子の姿が。


「……あ、」


アマンダ。ずっと会いたかった親友が目の前にいた。驚いてうまく声が出せなかった十四は目を見開いて彼女を見上げる。でも自分はぬいぐるみのアマンダを抱きしめたはず、と手元を見てみれば、彼女のボリュームのある袖のフリルを彼女自身と勘違いして腕ごと掴んで引き寄せてしまっていたのだとようやく気付いた。


「…アマンダ、なの?」

「うん。アマンダだよ。十四くん、会いたかった!」

「自分も…!」


ガバッと勢いよく起き上がって中途半端にベッドに乗り上げたままのアマンダを引き寄せて抱きしめた。アマンダもぎゅっと十四の背中に腕を回して強く抱きついた。あの日、いなくなってしまったときと同じ姿で暖かな温もりに少しだけ涙が出そうになった。




****




十四とアマンダはひたすらに走っていた。感動の再会もつかの間、抱きしめていたアマンダから時間!と急かされて我に返った十四は今日の修行に間に合うかどうか、といった時刻を指す時計の針にみるみる青ざめる。朝ごはんを食べている暇などなく、メイクと髪型のセットにわずかな時間を全て割いてからアマンダの腕を引いて家を出た。


「…はぁ、はぁ、なんとか、間に合ったッス…」

「…はぁ、ほんと…?よかっ…、た…」


小さな手鏡を出して自分の前髪をさっと整えるとアマンダの髪も手櫛で丁寧に梳く。寺の境内に入り、息が整ったところで2人は手を繋いで空却の元へ向かった。

ふわぁ、と大きなあくびを零して縁側に寝そべる空却はギリギリの時間に現れた弟子の姿を視界に捉えた。そしてその隣に小柄な少女がいることに気付くと勢いよく体を起こした。


「空却さ〜ん!おはようございます!」

「…十四、そいつアマンダじゃねぇか?」

「そうなんッスよ!」

「久しぶり、空却さん」


お前戻ってきたんだな、と駆け寄ったアマンダの頭をぽんぽんと撫でて空却は十四の晴れやかな顔を見た。アマンダがいなくなってしまったのだと大泣きしながら連絡が来たときはどう慰めれば落ち着くのかわからないほどだったし、その後も随分長い間引きずったものだからこんな顔は久しぶりに見たような気がする。いつものように泣くなと叱らなかったのは、十四にとって家族同然だったアマンダがいなくなったのだから泣いたっていいと思ったからだった。ぬいぐるみとしてはずっとそばにいたのだけれど。


「うっし、掃除したら獄んとこいくか」

「それいいッスね!」


広い寺の雑巾がけが終わると3人は獄の事務所へ向かった。門前払いされるのは当然覚悟していたのだが、アマンダの姿を見るとすんなりと受付から獄に繋いでくれたので噂は消えていないのかもしれない。しばらくして眉間にしわを寄せた獄が出てきたが、アマンダの姿をみるなりその顔は少し和らいだような気がした。


「「獄さぁ〜ん!」」


大きい少年と小さい少女。2人に同時に飛びつかれてどうにか受け止めた獄は2人を引き剥がしてからアマンダに目線を合わせるように屈んで久しぶりだな、と口角を上げた。仕方ねぇな、ついてこい、と部屋に連れられて3人は座り心地のいいソファに腰を下ろす。


「で、なんでまた急に人間になったんだ?」

「う〜ん、アマンダにもわかんないんだけどね、十四くんとおしゃべりしたいなって毎日お願いしてたんだよ!」

「そんなんでなれるもんかねぇ」

「ま、シケたツラ見なくて済むからなんでもいいけどよ」


ぬいぐるみに戻ってから十四は前と変わらず、むしろそれ以上にたくさんアマンダに話しかけてくれた。朝起きたとき、一緒に出かけるとき。おやすみ前にその日あったこと。そして笑顔で話していてもその陰に寂しさがあることにアマンダは気がついていた。十四は決してまた会いたいと口にすることはなかったけれど、長い間ずっと見てきたのだからそれくらいわかる。

だからアマンダはもう一度十四に会いたかった。あんな風に、突然お別れしてしまうなんて寂しいから。


「十四くんは笑ってるときが一番キラキラしてるよ」


泣いているときでも落ち込んでいるときでも怒っているときでもなく、格好つけているときよりも。十四はアマンダのおかげッス!と照れたように笑った。


「おいおい拙僧らは無視か〜?」

「えぇっ!そ、そりゃあ空却さんや獄さんのおかげでもありますけど…」


お前らうるせぇぞ!とお叱りが飛んでくるまでわいわい騒いだ。友達とも違う、家族のような絆。空却さんがお兄ちゃんなら、獄さんはパパ。そう言ったらきっと怒るだろうけど。日に日に強くなっていく絆に十四が馴染んでいくのが、アマンダは嬉しくて仕方がなかった。




****




「ねぇ、十四くん」


ベッドの中で向かい合って十四の顔を見つめた。優しく見下ろすその顔はいつもと変わらないけれど、十四から見える光景はいつも通りじゃないんだなとぼんやり思う。


「ん?」

「これから先ね、わたしはまた元に戻っちゃうかもしれないけれど、それでもまた会いにくるから」


こくん、と頷く十四を見て小指を差し出す。だからこれからもずっとずっと友達でいてね。絡められた指にぎゅっと力を込める。手を離してから十四の長い前髪を避けてその額に小さく口付けた。


「おやすみ、十四くん。良い夢を」


いつもしてくれているのを真似してみたらそっと抱きしめられて十四くんからも口付けが返される。おでことおでこをくっつけてどちらともなく笑いあった。こんな幸せな日がどうかいつまでも続きますように。

明日は十四くんと一緒に何をしようかな。

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