day6
「おい、十四、そんな慌ててどうした?」
「アマンダが…、アマンダがどこにもいないんス…!」
血相を変えてスタジオの控え室から飛び出してきた十四に獄と空却は顔を見合わせた。喧嘩をして飛び出したあの時、十四の元を離れてずいぶんと不安そうにしていた彼女がまた自らいなくなるとは考えにくい。人間として過ごし始めてまだ間もないアマンダはどこか世間離れしていて騙されたり知らない人についていっていてもおかしくなかった。
「まだ出番まで時間あんだろ?!探しにいくぞ!」
「…はいッス!」
****
1時間前。その日十四とアマンダは揃ってライブハウスに来ていた。空却と獄はあとから控室までアマンダを迎えに来ることになっている。なんだかんだいいつつ結局来てくれる獄はやっぱり優しいと思う。
「十四くん十四くん、ライブまだ?」
「まだだよ〜、もうちょっと待っててね」
「はぁい」
どうしても待ちきれなくて何度も尋ねては同じ返答。それでもやっぱりカバンの中からではなく初めて客席で聴く十四の歌はとても楽しみだった。
今はまだ準備中でスタッフや出演バンドのメンバーが忙しなく行き来していた。ステージの方から十四を呼ぶ声が聞こえて大きく返事をしてからアマンダに目線を合わせてかがんだ。
「ちょっとだけ行って来るね、ここで待ってられる?」
「うん、わかった!いってらっしゃい」
ニコニコ笑って大きく頷くアマンダの頭を撫でてから十四はステージへ足を向ける。特別に関係者のパスを借りて首から下げたアマンダは通路の端に立ってぼんやりと人を眺める。
アマンダちゃんじゃん、と昨日会ったばかりの十四のバンドメンバーが声をかけて来ることはあっても皆一様に忙しそうだし十四もまだ戻ってこない。ふと眠気が襲ってアマンダは一つあくびを漏らした。
「ねぇ、そこのキミ。ちょっとこっちに来てくれない?」
「……だれ?わたし、十四くんを待ってるからここにいなくちゃいけないんだけど…」
「そのジュウシくんが呼んでるんだよ」
見たことがない人。ほんと?と見上げれば優しい笑顔で頷いた男の人にそれなら、とアマンダは首を縦に振った。こっちだよ、と十四が行ったステージとは反対方向の裏口に案内される。非常口を開ければすぐ外に喫煙所があったが今は誰もいなかった。
アマンダは隣の男に十四くんは?と尋ねたが、あっちで待ってるから、としか教えてくれなかった。頭に疑問符を浮かべてスタジオの外に出る。道路には黒いワゴン車が1台止まっているだけだった。
「十四くん、」
「ホラ早く乗って」
「でも十四くんは」
いいから、と言いながらアマンダの身体を強引に車に押し込む。中にも人がいたらしく、強い力で押し込まれてから誰かに腕を強く掴まれた。すぐに扉が閉められて、スモークのかかった窓ガラス越しに男が笑っているのが見えた。
「やだ、降ろして!」
暴れても大人の男の力に叶うはずがなく、手首を後ろで縛られる。続いて足首も縛られて口も塞がれてしまった。ポケットを探って携帯を持っていないことを確認すると男は運転席に座り車を走らせた。
(どうしよう…、たすけて十四くん…!)
****
十四がステージの確認を終えてアマンダの元に戻ると彼女の姿がなかった。おかしいなと思って辺りを探してみても見当たらない。控え室に戻ったわけでもないし、人に尋ねてもさっきまではいたのに、と曖昧な返答を貰うだけで行方を掴むことはできなかった。
(自分がアマンダから目を離したから…。でも一体どこに…?もしかして、誰かに…)
さらわれてしまった。そうとしか思えなかった。だってアマンダ一人でどこに行くというんだ。想像しただけで恐ろしい。可愛いアマンダは今頃恐怖に震えているのかもしれない。
そしてあてもなく控え室を飛び出したところで空却と獄に出くわしたのだった。
「この中は探したんだな?」
「はい、どこにもいなかったッス」
いつからいないとか、時間はどれくらい経っているとか、流石に冷静な獄は一つずつ十四から情報を聞き出す。腕を組んだまま目を伏せる空却も聞いていないわけではなくむしろ状況を分析していた。
「仕方ねぇ、手分けして探すぞ。十四はこっちだ」
「拙僧はケッタで回ってみるわ」
獄の後ろについて駐車場へ向かい、言われる前に助手席に乗り込む十四。イヤホンマイクを耳にはめてどこかへ電話をかける獄の声を後ろに窓に張り付いてアマンダの手がかりを探した。
「十四、アマンダを連れて行きそうな奴に心当たりはねぇのか?」
「……あそこに連れて行ったのも今日が初めてで、バンドメンバー以外は皆初対面のはずッス。だから、全然…」
「…チッ…」
獄の舌打ちと同時に携帯に着信が入る。
「俺だ。……なに?あぁ、そうだ。ピンクの髪で奇天烈な格好をした15くらいの…間違いねぇな。どこだ?」
通話を終えるとハンドルを切って路地に入る。アマンダの目撃情報だ、といえば十四の目に光が宿ったような気がした。
幸いにもアマンダは目立つ容姿をしているので特徴を伝えれば獄のツテですぐに見つかった。若い男と一緒だった、強引に連れて行かれている雰囲気だったと獄は聞いていた。
伝えられた雑居ビルの前に到着すれば黒いワゴン車が停まっている。ナンバーを控えることを忘れずに2人は中へ入った。薄暗い階段を登れば僅かに話声が聞こえてくる。
「なぁコイツ俺らで貰っちゃわねぇ?」
「バカ言え、んなことしたら首飛ぶぞ」
「は〜〜〜もったいねぇなぁ…こんな上玉そうそういないってのに」
下品な会話に眉根を寄せて獄はドアを開け放った。男が2人、それから手足を椅子に縛り付けられたアマンダの姿があった。息がかかるほど顔を近づけられたアマンダは俯いて小さく震えている。
「アマンダ!」
「…!じゅうしくん…!」
大きな物音と十四の声にアマンダはぱっと顔を上げる。十四の顔を見るなり我慢していた涙がぼろぼろとこぼれ出した。
「なんだテメェら」
「その娘は返してもらうぜ」
「あ?ハイそうですかって言うわけねぇだろ!オイ、いくぞ」
独特の機会音が鳴り響く。これは聴き慣れたヒプノシスマイクの起動音。男2人はそれぞれマイクを構えていた。
「そういうことなら手加減はいらなそうだな、いくぜ十四」
「はいッス!」
ものの数十秒、男たちが意識を失って地面に崩れ落ちるのは早かった。十四はアマンダに駆け寄り手足を締め付けるように貼られたガムテープを切り取る。その縁で赤い線のついてしまったアマンダの手首を優しく握りしめてその体ごと抱きしめた。
「じゅうしくんっ…、わたし、こわかっ…」
「ごめんね、アマンダ。ごめんね、自分がそばにいなかったから…」
なんども謝る十四にアマンダはふるふると首を振って顔を見上げた。
「助けてくれてありがとう。十四くんは絶対来てくれると思ってた」
「…でも…」
「十四くん」
涙の跡がはっきり残る痛々しい笑顔で、アマンダが名前を呼ぶ。十四まで泣き出しそうになっていたのをどうにか堪えてアマンダの顔を見つめ返した。
「十四くんはアマンダのヒーローなんだよ。迷子になっても絶対迎えに来てくれるの。いつも助けてくれてありがとう」
アマンダが迷子になってしまうのは、いつだって自分のせいなのに。それでもこんな言葉をかけてくれる友達が何より愛しくてもう一度強く抱きしめた。
****
獄の車でライブハウスに戻る。傷ができてしまったアマンダの手首には痛々しい真っ白な包帯が巻かれていた。空却にも連絡済みだ。
アマンダを獄に任せて十四は控え室へ入っていった。別行動をしていた空却もそろそろこちらに戻るだろう。
「ねぇ、獄さん。わたしぬいぐるみに戻った方がいいのかなぁ」
「なんだよ急に」
「十四くんと一緒にいられるのは嬉しいの。でも、本当にいいのかなって」
笑顔で十四を見送ったのとは打って変わってアマンダの声は小さく消えてしまいそうだった。そろそろタバコを吸いたいのに、置いていくわけにも喫煙所に連れて行くわけにもいかない獄は気を紛らわすようにふぅ、と一息ついて座り込むアマンダの隣に腰を下ろす。
「いいんじゃねぇの。アイツも楽しそうだしな。大体、戻ろうと思えば戻れるもんなのか?」
「…えっと、それは、わかんないけど…」
「だったら気にすんじゃねぇよ」
「…うん。でもね、わたし最近… 「おーっす」
かけられた声に顔を上げれば空却の姿があった。無事でよかったな、とアマンダの頭を撫でてやる。涼しい顔をしていても額にうっすら汗を浮かべる空却が走り回って自分を探していたことは想像に容易い。十四の仲間が素敵な人ばかりでアマンダは嬉しかった。ありがとうと伝えればおう、と笑い返してくれた。
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中に入り、後ろの壁沿いにアマンダを挟んで並んで立つ。小さなアマンダからも段差になっているここに立てばステージがよく見えた。前のバンドの演奏が終わり、観客が盛り上がる中照明が暗転する。見慣れた細身のシルエットが浮かび上がる。イントロが流れ、すぅ、と息を吸い込むのが見えた。
呼吸を、瞬きを忘れてしまうほど引き込まれる歌だった。
泣き虫で後ろ向きな姿などどこにも見当たらない。力強く、メッセージを訴える歌。演奏が終わり、アマンダはようやくはっと空気を吸い込んだ。
「空却さん、獄さん。わたし、やっぱり人間になれてよかった」
二人は何も言わずに寄り添ってくれる。曲の合間、一瞬こちらを見た十四のわずかな笑顔がどうかこれからも曇らないように。そしてその側でずっと一緒にいたいと思った。
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