day4
「十四くんなんて…、十四くんなんて大っ嫌い!」
瞳にあふれんばかりの涙を溜めてそう叫んだアマンダはバタバタと走って部屋から出て行った。取り残された十四はへなへなとその場に座り込む。
「ど、どうしよう…。アマンダに嫌われちゃった…」
ボロボロと溢れてくる涙は最近ようやく泣くことが減ってきたはずなのに止め方がわからない。さっきまで言い争って血が上っていた脳が急激に冷たくなっていく感覚がする。アマンダに、最愛の親友に嫌われたらこの先どうやって生きていけばいいんだろう…?
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ソファで何も言わずに泣きじゃくる十四を獄はイライラしながら見ていた。十四が突然現れるのはいつものことだったが、わーわー喚きながら自分の話を聞かずに話倒すことはあってもこうやって黙って泣いているのは初めてだった。
つい昨日人間になったのだと紹介されたアマンダの姿が見えないことからどうせあいつ関係のことだろうと思ってアマンダはどうした、と声をかければ地雷だったのか余計に嗚咽を酷くしただけだった。
「…はぁ、十四。泣いてるだけじゃわからねぇぞ。泣き止むまで話せないなら俺は仕事に戻るからな」
「…うっ、ま、待ってひとやさん…」
「…どうした」
「…あ、アマンダが…、アマンダがいなくなっちゃったッス…!」
そこまで言うとまたわぁぁ、と声を上げて泣き出した。
「いなくなったって…、まさかまた攫われたとか言うんじゃねぇだろうな。ぬいぐるみとは訳が違うぞ?!」
「それはちがうッス…。自分と、喧嘩して…だ、だ、大っ嫌いって…!!」
獄は額を押さえて大きなため息を抑えることなく吐き出した。向かいのソファに座って顔を覆う十四を置いて立ち上がり自分のデスクへ戻る。
「ひ、獄さん、」
「…ったく、たかが喧嘩だろ?こんなことでうじうじ泣いてねーで謝ってこいよ」
「で、でも、アイツ、自分のこと嫌いって…」
「あのなぁ。アイツがお前のこと嫌いなわけねーだろ。大事なダチなんだろ?お前が信じてやらないでどうする」
書類から目線を上げずにそう言えば十四は獄の言葉を繰り返した。大事な友達、そうだ、アマンダは大事な友達だから謝って仲直りをしないと。
「…獄さん!自分、アマンダに謝るッス!」
「おーおー、行ってこい」
別に戻って来なくていいからな、と添えてようやく静かになると安心した獄が次に見たのはみるみる顔を青ざめさせる十四だった。手で口元を覆ってせっかく元気よく立ち上がったのにまたソファに座り込んでしまった。
「……獄さん、どうしよう…」
「…今度はなんだよ」
「アマンダが、どこにいるかわからないッス…」
「………」
「………」
どうしよう、どこかで迷子になってるかも、自分のせいで…、十四の目から止まったはずの涙がまた溢れ出してきているのを見て獄は大きく舌打ちをして上着を手に取った。
「泣いてても仕方ねぇ、行くぞ」
アマンダ一人ではそう遠くまで行けないはずだ。行く場所だって限られてる。人間になってからの行動範囲を洗い出すために獄は十四の背中を思い切り叩いてシャキンと背筋を伸ばさせた。
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やってしまった。つい怒りに任せて思ってもいないことを言って、そのまま出てきてしまった。わたしは十四くんだけの友達なのに、その十四くんに嫌われてしまったらどうすればいいんだろう。
ぐずぐずと鼻をすすりながらアマンダはなんとなく見覚えのある道を歩いていた。とはいえ人間になってからまだ4日目。その間だって出かけるときは十四が連れて行ってくれていたのだから自分で道なんて覚えていなかった。
「…ふぇ、じゅうしくん……」
このまま道端に落ちているマスコットのように泥まみれになって死んでしまうのだろうか。踏まれて蹴られて雨ざらしになって、車に轢かれてしまうのだろうか。アマンダが絶望感に打ちひしがれて立ち尽くすと後ろからアマンダを呼ぶ声が聞こえた。
「お前、アマンダか?」
「…空却さん…?」
「やっぱりそうか。こんなとこでどうしたんだよ、十四は?」
「……ッ、く、こさん…」
突然飛びついてきたアマンダを慌てて受け止める。作務衣の胸元を握りしめて顔を埋めるアマンダが泣いていることに気付いて空却はその肩を押して目線をアマンダに合わせた。
「おい、どうしたんだよ…。十四となんかあったんか?ったく…、ここじゃ人目につくから、どっか入んぞ」
な、と最後に頭に手を置いてポンポン、と軽く叩けばアマンダは小さく頷いて空却の袖を掴んだ。慣れない少女の扱いに後頭部をガシガシと掻いたが、引き剥がすわけにもいかずそのまま歩き出した。
ちょうど近くにあった喫茶店に入ってコーラとミルクティーを頼む。アマンダがなかなかメニューを決められなかったので適当に十四が飲みそうな奴を選べばハズレではなかったらしいのでよしとする。
「で?何があったんだよ」
「……十四くんと、喧嘩しちゃって…」
「はぁ。で、出てきたってとこか?」
こくんと頷くアマンダの俯くつむじを頬杖をついて眺める。コイツがこんな調子なら十四も似たような状態になっているんだろうか。どっかでメソメソ泣いてるんだろうなぁと想像しなくとも目に浮かぶ光景に再びため息をついた。
「わたし、十四くんに…嫌いって言っちゃって…、全然嫌いじゃないのに。大好きなのに、わたし十四くんのこと傷つけちゃったの…。ともだち失格、だよね…」
「十四がそう言ったのかよ」
ぶんぶんと首を振ればそりゃそうだろうな、と目を伏せて笑った。
「いいか?喧嘩ってのはな、お互いに気持ちがなきゃ出来ねぇんだ。どうでもいいヤツとは出来ないってことだよ。でもお前と十四は喧嘩をした。つまりお前らはちゃんとダチってことだ」
「…!喧嘩出来るから、ちゃんと友達?」
「そうだ」
だからちゃんと謝ってこい!そう言った空却は携帯を取り出すとどこかへ電話をかける。泣き止んだアマンダが空却に笑いかければ空却も二カッと笑い返した。
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「…空却か、どうした?なに、アマンダが?あぁ、十四はこっちにいる…そうか、わかった」
電話を切った獄は十四の名前を呼ぶ。二人はアマンダを探して街中を歩き回っていたが、いまだに見つけられずにいた。
「アマンダは空却といるらしい」
「空却さんと?」
駅前の喫茶店の名前を伝えて行ってこい、と背中を押す。十四と空却だけでも十分手に余っていたのに、さらにアマンダまで増えるとは。世話の焼けるガキの走っていく背中を見送って獄はタバコに火をつけた。
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もうすぐ十四が来るから、と言われておとなしく座って待つ。ごめんなさいと大好きを伝えれば仲直りできるかな?と聞けば十分だろ、と言ってくれた。
「空却さん、ありがとう!わたし空却さんが見つけてくれなかったらきっとその辺で泥まみれで死んじゃってたから…」
「…泥まみれ…?ま、気にすんなや。可愛い弟子のダチだからな」
カランカランと入り口の扉が開けば出迎えた店員を通り過ぎてこちらまで来たのは十四だった。走ってきたのか肩で息を整えている十四の目は赤く充血している。
「来たか。じゃあ拙僧は帰るわ」
ヒラヒラと手を振って出て行った空却が座っていた席に十四が腰を下ろす。アマンダはいざ面と向かって顔を合わせる十四にゴクリと息を飲んだ。
「あの…、十四くん、」
「アマンダ、ごめん!喧嘩なんかするつもりじゃなかったんだ、つい言い過ぎちゃった。本当にごめん、だから、お願いだから嫌いにならないで…」
たっぷりの涙を溜めてアマンダを見つめる十四の手に自分の手を重ねた。伝わる温もりが暖かくてこの手に抱かれていた毎日を思い出す。
「十四くん、わたしもごめんなさい。嫌いなんて嘘だよ。大好きだよ。だからこれからもちゃんと友達でいてくれる…?」
もちろん、そう答えた十四くんはついにポロリと涙をこぼした。
ずっとこの先も友達でいられる。十四くんと一緒にいられる。二人して泣きながら笑いあってる今がすごく幸せなんだと思う。本当なら話すことも喧嘩することも笑い合うことも、絶対に出来ないはずだったんだから。
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