トランクィッロ01

緊急会議の伝令が来たのは今朝早くのことだった。まだ寝起きで覚醒しきらないうちにわたしの部屋を訪れた伝令係の兵はきっちりと敬礼をして至急会議室に集合するように伝えるときびきびと去っていく。何かあったのかもしれない、そう思ったわたしは急いで準備をして塔の階段を一気に駆け下りた。

会議室に着くと半分ほど人が集まっていた。カインの姿は既にあって、席について腕を組んでいる。わたしも黒魔道士団に割り当てられた席に着くと机に置かれた書類を手に取った。


(…な、なにこれ…)


そこに書かれた内容は何かの間違いではないかと思うほどに理解できるものではなかった。そっと周りを見渡してもこれに異を唱える者はいない。動揺を顔に出して目を付けられるのは御免だ。わたしは俯いてとんがり帽子を目深にかぶり直し顔を隠した。ドクドクと鼓動がうるさい。息がつまる。これが本当に陛下の下した命令なのだろうか。

クリスタル略奪だなんて…。

各団隊長格と陛下が揃ったのを確認するとベイガンは会議の開始を宣言した。皆この書類を目にし、口をつぐんで神妙な面持ちで座っている。セシルもカインも兜で顔が見えず、2人が一体何を考えているのかはわからなかった。


「では初めに、赤い翼!ミシディアから水のクリスタルを取ってくるのだ。抵抗したら殺してもかまわん」

「……はっ」


陛下とセシルの間で交わされる会話に血の気が引く。


「クリスタルは我がバロン王国のさらなる繁栄のため必要不可欠じゃ。残りのクリスタルについても…」

「お、お待ちください!」


周囲の視線がわたしに集まった。魔道士のガキがしゃしゃり出るな、とでも言いたげに冷たい目だった。この国で魔道士の持つ影響力は弱い。魔法よりも剣技、技術が発展しているバロンでこんな扱いは仕方のないことだが、だからといって黙っているわけにもいかなかった。


「ミシディアは魔道士の町です。ならば心得のあるわたしたち黒魔道士団こそ適任ではありませんか」


クリスタルが欲しいだけなら何も住民を殺す必要なんかない。それでもミシディアの人たちはきっと命をかけてでも守るのだろう。クリスタルとはそういう存在であることくらい、このバロン王国になくたって皆が知っている。そうなれば戦闘になるのは避けられない。

クリスタルがない分、このバロンは軍事力でここまで発展してきた。それは街を、人々を魔物から守るためであり、決して戦争のために培ってきた力ではないはずなのだ。わたしたちは魔道士であるからこそ魔道士を無力化させる術をわかっている。本当なら略奪だってしたくはないけれど…、せめて穏便に終わらせる方法を取りたいのだ。


「ならぬ」

「しかし、陛下!」

「アイリス、口を慎め!陛下に意見する気か!!」


ベイガンの言葉にハッと息を呑んだ。周囲の視線はいつしか睨みつけるような鋭いものに変っていた。


「…御無礼を、申し訳ありません…」


力なく項垂れ、おとなしくするしかなかった。どこからかこれだから魔道士は、なんて馬鹿にしたような笑いが聞こえた。


「アイリスよ。私はお前をミシディアにいかせたくはないのじゃ。赤い翼なら何も心配いらない、安心して待っていなさい」


そう言って笑顔を浮かべる陛下はいつもと同じ優しい顔をしていたのに、その言葉には、何か裏があるような気がした。




****




「セシル…気を付けてね」

「ああ、心配いらないよ。ローザ」


赤い翼の発着口で部隊長セシルの恋人であるローザは心配そうな面持ちでセシルの手を握った。出発準備が整い、呼びに来た隊員と共にセシルは飛空艇に足を向けた。


「セシル!ちょっとまってーっ!」


もともと少ない体力でどうにか走りにくいローブの裾と大きな麻袋を掴んでわたしはセシルの名を呼んだ。下ろそうとしていた兜をそのままにセシルはこちらを振り返る。つられてローザや赤い翼の隊員もこっちを見ていたけれど気にしてはいられなかった。


「アイリス、そんなに慌ててどうしたの?」

「…はぁ、よかった、間に合って…。あのね、これ使って!リリスのくちづけとせいじゃくのかねよ」


リリスのくちづけは魔力を奪う道具、せいじゃくのかねは呪文を紡げなくする道具。対魔道士ならばこれがあれば抵抗されることはないだろうと思って大急ぎで用意した。


「ありがとう、使わせてもらうね」

「セシル、ミシディアをお願いね」


セシルはわたしの目をまっすぐ見て力強く頷く。赤い翼は大空へ飛び立っていった。


「ローザ、バロンは…大丈夫だよね…?」

「ええ、セシルがいるもの」

「…そうね」


ふふふ、と顔を見合わせて笑った。ローザが当たり前のようにセシルを信じているから大丈夫な気がした。見上げた青空に浮かぶ船はどんどん小さくなっていく。


このときわたしたちはまだ知らなかった。これはまだほんの序章にすぎないということを。


はじまりのあしおと
(昨日までの日常が、またいつまでも続くのだと信じていた)

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