「やあ、待っていたよ」
白に近いグレーの髪に、ライトブルーの瞳…まるであの伝説のポケモンを思わせる色を持つ彼は遥か遠くの東の地方から来たと聞いている。そして彼はブランシャール一族の継承者のリンドウ・キイラ・ブランシャールとも知り合いらしい。噂には聞くものの、まだ彼をよく知らない。興味のある事にとことん貪欲な俺は彼のジムの前で待ち構えていたのだ。
「…あなたは?」
「俺は考古学者のランタナという。君に、用があってね」
「…ずっとここで待っていたんですね?肩に雪積もってます」
言われてはじめて肩を見ると本当に雪が降り積もっていた。そりゃあ寒い訳だ(忘れていたけど)。彼はこんな寒い所で何ですからどうぞ、とジムに再び入って行く。
「申し遅れました、僕はセキジョウ カナウといいます。初めまして」
温かい室内に入り、漸くお互いに握手を交わした。それで、用件とは?と彼が俺に問い掛ける。
「君が東の地方から来たというのは聞いている…単刀直入に言うとね、君が何者か、それが知りたい」
「何だか曖昧というか、ふわっとした質問ですね…僕はただの流れ者です」
自分でも答えに迷う聞き方をしてしまったと軽く反省した。ブランシャール一族と繋がりのある流れ者なんてますます興味が湧く。
「…渡り者の君が、このリウエルでジムリーダーを?」
ジムリーダーは一朝一夕でなれるような地位ではない。その地方のポケモンリーグを担うひとりを、ふらっと辿り着いた旅人に任せているのだから不思議だ。
「僕も驚いています。ジムリーダーを務める事になったのは完全に成り行き、ですけどね」
「君が、この地方に来たのは何故だい?」
問えば彼は朗らかな微笑みを見せ、この地方は母親の故郷だと言った。母の故郷に関心を持ち、このリウエルに来て旅をしているうちにリーグを勝ち抜いたのだと穏やかにカナウと名乗った青年は話してくれた。
「実力は確かな様だけど、本当に流れ者じゃないか…」
驚きを隠せない俺を見て、彼はまたにっこり笑う。だから言ったじゃないですか、と。
「風に漂う様な生き方ですが、僕は嫌じゃない…成り行きというのもそれもまた運命だと思います」
「意外と、ロマンチストなのかな…」
思わずそう零せば、彼はそうかもしれませんね、と頭を掻いた。彼は窓を一瞥した、窓の外では相変わらずしんしんと雪が降っている。
「ランタナさんは…この地方に伝わる“破滅の冬”の伝説をご存知ですか?」
「ああ、それなりにね…」
「ブランシャールというのは、その伝説に関係のある一族だそうですね」
頷けば、彼はやはり…と呟いた。彼もまた不思議な縁でブランシャール一族に引き寄せられた人間だろうか。
「僕の母親は、ブランシャール一族の出身だとここに来て知りました…シレネ・エイラ・ブランシャール、その名前を知ったのも最近ですが」
「…シレネ」
「その名前を、ご存知ですか?」
これで分からなかった部分が繋がった。俺はキイラがその人物の名前を呼ぶ所をずっと昔から見てきた。
「一族の継承者、リンドウ様の家庭教師をしていた人だ…」
「…ええ、その様です」
キイラと知り合いだというのだから、彼だって既知の事実だろう。彼はブランシャール一族について、そのうちまた色々教えて欲しいと言ってきた。
「構わないよ。だが君が思うより、ずっと歴史が長く、複雑な一族だ……知る覚悟はあるかな?」
そう問えば彼はまた穏やかな笑顔で肯定した。それではまた、邪魔したね。そう言い俺は彼のジムを出、帰路につく。先程カナウが母親の名前を口にした時、内心ドキリとした。キイラのかつての家庭教師だった人だと告げた時、次いで言いかけた言葉は言うべきではないと飲み込まざるを得なかった。
“俺の初恋の人だ…
叶うなら、もう一度…一目だけでも会いたい”