※きなさんが書いてくれたミカゲさんが遭難する話のセヴリーヌ目線ver.
「人が…」
思わず指先が震え、拳を握る。これから吹雪が来るというのに見た所ポケモントレーナーの青年がフロストケイブを歩いている。何て声を掛けるべきなのだろう、フロストケイブの中層部に向かって歩く青年を止めなければ彼の命に関わる問題だ。しかし迷っている暇もあまりない、と早足に青年の方に歩を進める。
「お待ちなさい」
自分には似つかわしくない言葉が出てきた事に少し驚いた。だがすぐに考える必要はないと思った。どう思われても良い、彼がこれ以上山に向かって歩くのを止めてくれさえすれば良いのだから。振り返った彼は桔梗色の双玉で、こちらを警戒するように見てくる。
「こんなに雪が降る中で、どこへ行こうと言うのです?」
彼の足元で、ブラッキーが姿勢を低くし今にも飛びかかってきそうな体勢で警戒している。生憎今はポケモンを連れ歩いてはいない、ここではポケモントレーナーのルールを意識する必要はないだろう。
「…どこって、雪をしのげる場所を探しているだけだが。まあ下山できるならそれに越したことはねえけど」
桔梗色の瞳の青年は雪を降らせている灰色の空を軽く仰ぎながらそう言った。雪は降っているものの、まだもう少し吹雪くまでには時間があるだろう…完全なる感覚なので確実ではないが。見た所、彼や彼のブラッキーに弱っている様子は見受けられない、下山するだけの体力はありそうだ。
「少し厳しい道のりになりますが、下山できますよ。山の麓までご案内します」
少し切羽詰まった言葉尻になってしまっただろうか、なんて二度と会うことはおそらくないのだから心配も徒労なのだろう。着いてきてください、そう言い私は来た道を引き返す。彼は臨戦態勢に入っているブラッキーの頭を撫でて私に続いた。
「寒くねえのか?」
彼はおもむろにそう尋ねてきた。雪山には不釣り合いな格好をしている自覚はある、だが別に好きでこの格好をしている訳ではない。
「…寒さに、疎い身体ですから」
そう答えられても、イマイチ釈然としないだろうというのは想像に難くない。だがこれは真でもなく、偽でもなく、どちらともつかない一番核心的なアンサーなのだ。案の定、やはりピンとこない様子だが返事は返してくれた。
「そっか」
真っ白な容姿に、寒さに疎い体質…きっと人は私を見て雪女を連想するだろう。私自身が良しと思うかは別として、寧ろその方が都合が良い。彼がどれくらい信じているかは別としても、それくらい非現実的な存在として、怪奇な存在として、存在を認められない方が都合が良いのは事実だ。
「着きましたよ」
先程よりも雪が激しく降っている。下山したとはいえ、早くポケモンセンターかどこかで吹雪の収束を待つのが無難だろう。桔梗色の瞳の青年も、いくらか先程よりはホッとした様子だ。
「はー…助かった。ありがとな」
彼のブラッキーは、彼の足元に擦り寄る。きっとブラッキーも安堵しているのだろう。私とは真逆の色彩を持つ青年、印象的な眼をしていた──きっとこの先会うことはないのだろう。名前も知らない貴方が、二度と雪に呑まれることがありませんように、と願いを込めて彼らに背を向ける。
「…さようなら」
彼らが無事に山を越えるためにも、“破滅の冬”を司るポケモン・フィンブルの理性を担う私にはやるべきことがある。はためく白のワンピースドレスの袖を握り締め、フロストケイブへと再び歩を進めた。