優しい眼差しは遥か彼方へ


(※ifシリーズでセヴリーヌとナスタ)


「ブランシュ様」

庭に“雪の白”を見かけたので声を掛ける。見張り所か、付き人も連れずに、誰が外に出したというのか。問い詰めるために声を掛けたが、彼女は無反応だ。

「…」

「意地っ張りは可愛くないぞ」

彼女がこの家に来た時に、同じ様に“ブランシュ様”と呼んだ俺に彼女は「私はセヴリーヌ・ヴィルレ・ブランシャール。その呼び名には応じませんので、あしからず」と言ったのだ。その言葉の通り、俺が“ブランシュ様”と呼んでも全く応じない。

「…あなたは居候の名も覚えられないのですか?」

「お前の名前は…ブランシャール一族のものではない。従って、その名で呼ぶ事は許されない」

そう言えば、彼女は俺から視線を外した。興が削がれた、とでも言いたげな振る舞いだ。

「今更一族の名前など不要ですし、名乗りたくもありません」

「それは、勝手にしろとしか言い様がないな」

「勝手に、しますとも…」

彼女の名前は養父のヴィルレ氏が付けたらしい。彼女が捨てられる前に、彼女が呼ばれていた名前はもうほんの一部の人間しか覚えていないだろう。彼女自身も、その名を名乗らない所かヴィルレの姓を名乗っているあたり強情な彼女らしいとも云える。

「いつまでそんな所に居るつもりだ?」

「…気が済むまででしょうか」

しんしんと雪が降る、この辺は特に雪の止み間は珍しい程にいつも雪が降る。俯く彼女の露出した襟首や、肩に雪が積もるのは見ていて寒い。

「研究をしていると聞いた…」

「……ええ」

「フィンブル伝説の研究だろう」

図星なのか分からないが、彼女は黙った。俺の知る彼女の性格上、きっと自分に深く関係するフィンブルに関して無知である事を良しとしない。

「…だったら、何です?」

「当事者として何を思う?」

「…“ブランシュ”はフィンブルにとっては換えの効く存在。継承者の命はひとつなのに、皮肉なものです」

「だからこそ、“ブランシュ”は、継承者は、強く美しいとは思わないか?」

何を言っているんだこの男は、という様な冷めた眼差しをこちらに向ける彼女。“ブランシュ”である彼女からすれば、「強さ」も「美しさ」も要らない。ただ何者にも縛られる事のない人生が欲しいに違いない。それを分かっていて言葉にした。

「…その強さや美しさは、きっと自らの感情を押し殺して、血の滲む様な日々に耐える姿。命を散らして懸命に生きる人間にそんな言葉は不要です」

「“ブランシュ”としてのお前の言葉ではなく、研究者としての言葉が聞きたい」

研究者として、そう言うと彼女は自らを落ち着かせる様に何度か深呼吸をした。

「…自然の摂理の中に、生きる人間。その存在は神秘的で、美しいと思います。ですが、それでもやはり人間は人間なのです」

まるで自分を、そして俺を諭す様に彼女はそう言い、そこでやっと肩に降り積もった雪を払い落とした。

「…起きましたか」

彼女の足元を見ると、彼女のスカートと羽織りの間からワタッコが姿を見せる。とすると、おそらく庭に迷い込み、雪の降る中眠ってしまったワタッコを温めていたのか。

「まさか、何時間もそこに立っていたのか?」

「…ワタッコは決して寒さに強いポケモンではありませんから弱ってしまいます…」

飛べますか?そう尋ねる彼女にワタッコは鳴き声で応え、ふわふわと漂う様に飛んで行った。彼女がポケモンに向ける優しい眼差しは、先程までの彼女のそれとはまるで別物だ。

「早く、部屋に戻れよ」

彼女の背中にそう声を掛けて、その場を去る。俺も彼女も普通に育てられていたなら、従兄妹同士、普通に名前を呼び合い話す事も叶ったのだろう。だが彼女は曲がりなりにもブランシャール一族の高位の人間だ。色々あって彼女の地位は低いが、それでもこの家を守る事に躍起になり“ブランシュ様”の監視を買って出る俺とは根本的に違っている。

「…遠い人だ」


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