「いらっしゃいませ」
久しぶりに来ると見知らぬ女の子が出迎えた。アルバイト雇ったのでしょうか、なんて思いながらカウンターにある椅子に座る。
「オーナーはいらっしゃいますか?」
「…今、所用で外に出ています」
真面目そう、しかし淡白な印象だ。それであるのに彼女は笑顔を浮かべていた。本当の所は分からないが、何だか少し親近感が湧く。
「そうですか、待っていても?」
「私は、構いませんが」
やはり笑顔であるのに彼女からは感情が感じられない。典型的な考えが読みづらいタイプ。
「アイスティー、いただけますか?」
彼女は琥珀色の瞳で私を少し見て、かしこまりました、と言った。夜空色の艶やかな髪を揺らし私が注文したアイスティーを淹れる彼女は見た所まだ慣れていないらしく、少し覚束無い手つきだ。
「どうぞ」
「ありがとう」
氷が入ったグラスに入ったアイスティーを渇いた喉に流し入れる。茶葉の風味がとても好みだ、何という名前のお茶葉なのかしら。
「あなた、お名前は?」
そう問えば彼女は今までの感情が感じ取れない笑顔を少しひきつらせた。警戒しているのだろう、笑顔を常に貼り付ける人間には何か理由があるのだから。
「デュランタ」
「すみません、急に名前尋ねてびっくりさせてしまいましたね…私は、ミレーユです」
私の名前なんて彼女は知りたくもないかもしれない、しかも変装している姿の私の名前なんて。だが流れとして名乗らないのは流石に良くないと思い名乗る。彼女としても突然名前を聞かれ、興味のない人に名乗られても困るに違いないが、彼女、デュランタは
「よろしくお願いします」
と先程の笑顔を取り戻しそう言った。感じた親近感は気のせいではなかったらしい。
「アルバイトしているのですか?」
「そんな所です」
当たり障りのない返事をする所も、聞く人が違えば無愛想なのだろう。だが淡白な言葉も作られた笑顔も自分を守る術なのだとしたら、どう考えても同類になる。
「ミレーユさんは、オーナーのお友達なんですか?」
「ええ、そんな所です」
二人して同じ様な返事をして、何だかおかしくなる。彼女は私の事を食えない奴くらいに思っているのだろう、笑顔の彼女から否応なしににじみ出る警戒心を感じる。
「ただいま〜」
物音がして彼の声が聞こえた。待ち人はエプロンを付けながら店の奥から姿を見せる。彼女としてもこれ以上私の中身のない会話をするのは御免だっただろう。
「おかえりなさい」
「店番ありがとう、デュランタ」
聞けばクユリさんが経営する喫茶店&バーで働くカレンさんが最近どこからか拾ったのがこのデュランタという子との事。つまり働かざる者食うべからず、という事なのだろう。オーナーが戻った事により店の奥に行こうとする彼女を呼び止めた。
「デュランタさん…とても良い名前です。大切にしてくださいね」
「…ありがとう、ございます」
デュランタの花言葉は“あなたを見守る”、“目をひく容姿”、伝えなくても分かるだろう。お節介だとしても、ありがとう、が上辺だけの言葉だとしても、どこへ行くにも本当の姿を隠してばかりの私の様にはなって欲しくないと願いを込めて。