「やれば良いじゃないの」
やらかした、と思った。気が付いたら言ってしまっていた。しかも知らない人に。もどかしいと思った。そんなに恵まれているのに何故、遠慮する必要も謙遜する必要もどこにもない。
「いえ、私は」
「何故よ!」
思わず突っかかった。私よりも20センチ強も高い、恵まれた身体を持つ彼女に。肌の色も白くて、モデル向きなのに、何故。
「スナップ1枚、されど私にはとても重要なのです。お受けできません」
「カロスイチの雑誌のスナップよ?悔しいけどあなたなら誰よりも目を惹くはずよ?」
「だから、困るんです」
何この女性(オンナ)。癪に障る。彼女の薄い薄いベビーブルーの瞳が微かに揺らぐ。ああ、私意味分からない。絶対に困らせている、初対面の知らない人を。
「私よりも適材は居るはずです、例えば彼女とか」
スナップを撮らせて欲しいと頼み込むカメラマンに彼女はそう言って私を見た。馬鹿ね、何故私自分で惨めな思いをしに来たの。
「馬鹿にしないで」
「あなたのプライドを、傷付けたのなら謝ります、すみません。ですが、ご自分なら二つ返事で受けるから私に突っかかるのでしょう?」
「ッ…!」
本当に何、この女性(オンナ)。淡々と話すその様、気に入らない。何よ何よ、恵まれているのに。悔しいけれど、初対面の人相手に、私は羨ましくて仕方ない。努力で手に入るものではないからこそ焦がれる。
「なら私はその魅せ方を知っている人に雑誌に載って欲しい。見る人から見ればズルい逃げ方かもしれませんが、あなたが助け舟を出したんです」
「勘違いも甚だしい。私は助けてなんかないわよ」
分かってない、本当に分かってない。カロスイチのファッション雑誌のカメラマンはこの女性(ひと)が良くて頼んでいるというのに。誰でも良いというものではない。
「優しい人ですね、…メグムさん」
「!?」
「雑誌の読者モデルの方でしょう?」
彼女は私を雑誌で見たことがあると言った。最初から私の正体を分かって話をしていたということになる。結局、彼女はモデルならば誰もが憧れるカロスイチのファッション雑誌のスナップを断り通した。代わりに私が選ばれる訳もなく。カメラマンの背中をふたりで見送った。
「こんな機会もう2度とないわよ、後悔するんじゃない?」
「そうですね、2度とないでしょう。後悔しても構わないんです」
終始落ち着いた物言いの彼女と対照的につい感情を剥き出しにしてしまう自分が浮き彫りに感じられる。だが、その落ち着いた口調はどこか影がある。
「後悔したって遅いんだから。後悔しない様に生きるんじゃないの?」
「だから眩しいのですね、あなたは」
「あなたって不思議な人だわ」
ふふ、と笑う彼女はどこか世間から一歩引いた場所にいる印象だ。浮世離れしている、が正しいのかもしれない。
「さようなら」
「メグムさん」
「何?」
「ありがとう」
何もしてないわ、と言うと彼女は私に向かって手を振った。そして“さようなら”と口を作った。