「あの」
私たちはお互いに研究職をしているだけはあって、その世界に1度入ってしまうとなかなか抜け出せないのが良くない所でもあり、今日も今日とて随分長い時間レポートを読み漁り時間を過ごした。
「時間が…」
ああ…、と時計を見た彼も少し驚きを見せる。
「悪い、帰るわ」
そう言って目をこする彼は普段は喫茶店とバーを経営している。休みの日までこうやって過ごしたとなれば一体いつ休めているのだろう、なんて思う私を他所に彼は雪崩たレポートや研究書の山を片付けている。
「もし良ければなんですけど…」
明日も仕事かもしれない彼を引き止めるのは悪いと思いつつ、だからと言ってこんな真夜中にポケモンを飛ばせるのは少し可哀想な気もして、上手く気持ちを表せないのはいつもの事で。
「泊まっていきませんか?」
「え」
「嫌でなければ、ですけど」
努めていつもの笑みを保とうとしているのを、彼はどのくらい見透かしているのだろうか。
「いや、でもやっぱり悪いし…あ、嫌とかじゃないからな」
その点について忘れずに言葉にしてくれる所はやはりクユリさんらしい。
「いえ、私はひとりですからそこまで気を使う必要はありません…」
こうやり取りをしている間も彼を引き止めてしまっている、お引き止めしてしまってすみません、と謝ろうと口を開きかける。
「ん、じゃ今日は泊まらせて貰おっかな…夜中だし」
「!、はい、では上のベッド、使ってください」
「セヴリーヌは?」
「私は、ソファで充分ですから」
お付き合いを始めて間もない彼から呼ばれ慣れていない方の名前を呼ばれてドキッとする。
「それは流石に…俺がソファで寝るから」
「いえ、でも…」
何故一緒に寝ることを思い付かなかったのか、と言われればそれは私の経験不足に他ならない。お付き合いすら初めてだと言ったら納得するだろうか。
「じゃあ一緒に寝るか」
彼からするとごくごく当たり前のことを言ったに過ぎなくて、何はともあれ私たちは恋人と呼ばれる関係なのだから。
「!」
「嫌、か?」
「いえ、その嫌という訳では…ないんですけれど」
「やっぱりふたりでひとつのベッドは狭いもんな…」
きっとその心配はしなくて良い。何故か私が借りたこの家に最低限必要な家具は付いていた、そして何故か私ひとりなのにベッドはダブルサイズの物だった。
「その心配はしなくても大丈夫です、おそらく」
そう言ってクユリさんを2階に案内する。ダブルベッドを見てひとりなんですけどね、と苦笑いすると彼も笑った。
「どうしても無理なら俺やっぱりソファ借りるけど」
「いえ、折角ですし…一緒に、」
何が折角なのだろう、自分でツッコミながら恥ずかしさで耳のあたりが熱い。
・・・
「おやすみ?」
「おやすみなさい」
電気を消し、隣に彼の気配を感じながら布団に入る。どうもやはり隣に人が居るのは慣れないというか、少し気恥しいというか。よく布団に潜り込んでくるシーヴルになら慣れているが、やはり好きな人ともなると意識してしまう。これは意識し過ぎて眠れない予感。
「寝た?」
「…いえ、まだ」
「手、繋ごっか」
暗闇の中で繋がれた彼の手が、私の冷たい手とは対照に温かくて、触れている面がジンと熱い。
「……眠れそうに、ありませんけど…」
そう声にならない声で呟いた私を彼が知っているのかどうか、暗闇の中では知りようもない。