「アルベールくん」
ずっと待っていた彼女の声がして振り返る。まあ僕は僕で楽しんでいたから良いんだけど。
「あ、ひと段落ついた?」
「少しね、休憩。する事もなくて暇でしょう?」
ユニスさんが差し出す缶コーヒーを受け取る。あれ?ここ飲食禁止じゃなかった?そんな事を思ってる僕を見透かしてか、外に出ましょう?と。なるほど。
「ごめんね、何の説明も出来なくて」
いつもと違ってアクセサリーを一切付けず髪をポニーテールにしているユニスさん。今日はヒールのある靴も履いていない、平らなパンプスだ。
「でも忙しいでしょ?」
「ええ、説明したいのは山々なんだけれどね」
というのも、今日は彼女が勤める水族館の特設スペースでの企画展の設営作業をしているからだ。僕は見学。
前にユニスさんの解説以外の仕事をしている姿を見たい、とポロリと零した所、彼女は快諾した。例の如く僕はインスピレーションを求めに来た人っぽくなってるけど。
「学芸員って色々するんだね」
「水族館は少し特殊かもしれませんね〜ポケモン達の生息地に合わせて色々調節しますし、総合的にポケモン達の健康を管理するのも学芸員がやりますから」
コウジンタウンのベンチに座りユニスさんに貰った缶コーヒーをひと口。彼女も同じ様にコーヒーを口にした。
「最近寝てる?」
「ん〜、3時間程でしょうか。この時期だけですよ」
「疲れてるんじゃない?」
「まあ、ね。でもこれもオープンするまでだから後少し……そう言うアルベールくんの方が忙しそうだけどちゃんと寝てるの?」
どうかな?僕も時期によって違うけど…。休憩どれくらい?とユニスさんに尋ねると後30分くらい、と。
「少し仮眠したら?起こすから」
「でも折角アルベールくん来てくれてるし、平気よ」
「頭働いてる?」
「あら……そこまでお見通しでしたか」
だから休憩入れたんでしょ?
さっきから何度も目頭を押さえていたし、証明の位置を決めるのも先程から煮詰まっている様だった。
「じゃあお言葉に甘えて…」
「肩使って良いよ」
そう言うとユニスさんは少し遠慮がちに僕の肩に頭を預けた。艶やかに巻いてある髪が僕の肩にかかっている。流石にパーマかな?なんて思いながら見つめる。もし彼女が寝た振りをしていたなら、そんなに見つめられたら穴が開くんだけどって言うだろうな。そこまで考えて一度ユニスさんから視線を外した。
「………」
静かだなあ。こんなのどかな時間が流れる町だったんだ、ここ。崖下にある海をそれとなく眺めながらたそがれていたらまもなく彼女を起こす時間だ。
「ユニスさん時間だよ」
「……」
声を掛けてみたが起きそうにない。どうしよう。僕の肩に乗ってるユニスさんの頭に僕も頭を重ねた。彼女の規則正しい息遣いが感じ取れる。
「起きて」
ユニスさんの頭が乗っている肩とは逆の方の手で彼女の肩を揺するとビクッと大きく体を震わせて彼女は起きた。
「アルベールくん…起こしてくれてありがとう」
「ちょっとは寝れた?」
「うん、ちょっと楽になった」
「そっか、良かった」
休憩は残り5分程度。ユニスさんは残りの缶コーヒーをグイッと飲み干した。僕もすっかり冷めてしまった缶コーヒーを少しずつ飲む。
「アルベールくん」
「うん?」
「…何でもない、戻ろうか」
「そうだね」
何か夢でも見たのかな?なんて彼女の横顔を見て思う。ユニスさんが立ち上がるのに合わせて立ち水族館に向かって歩く。
「何か夢でも見た?」
「ええ、少し」
「僕の肩は夢見が悪かったのか…ううん……」
「ふふふ、悪い夢なんて言っていないですよ?」
「だってユニスさん良い夢だったって顔してないし…」
そう言うとユニスさんは良い夢って何でしょうね。と言った。
「ユニスさんの場合は…ポケモンの事かな?」
「あ〜、言えてますね…」
「仕事好きだもんね…」
「そうね…ねえ、アルベールくん」
「うん?」
水族館を目の前にユニスさんは僕の方を振り返りにっこり笑った。まるで仕事のスイッチを入れるかの様に。
「企画展のオープンが終わったら見に来てくれる?」
「勿論、良いけど。説明してくれるのかな?学芸員さん?」
「はい、喜んで。常連さん」