春に舞う雪


※色々盛った設定があるので妄想で補填しながら読んでください。
・・・

快晴、晴れ渡る青い空八割白い雲二割の清々しい朝だった。目を覚ますとそこは一面真っ白な世界で、ああ還って来れたのかと思うのと同時に目は見えているという事に安心した。意識を回復させるための眠りから覚める時はいつも自分の身体の機能がどれだけ失われているのか怖くてたまらない。四度目ともなってくるとそれも如実に表れてくる。こんな恐怖を何度も繰り返すくらいならブランシュとしての優れた器量など欲しくなかったとも思う。

「いっそのこと、…ここに居ては駄目ですかね…」

そんな事を呟くが雪の上に転がったこの状態のままでは居られず、また身体が動くのかどうかを確かめるためにもその半身を起こす。身体が重たいが仮目覚めの状態だからそれは問題ないだろう。

晴れやかな乾いた風が吹く、その空気を肺いっぱいに吸い込む。少々空気を吸い込み過ぎてむせかけるが少し身体が軽くなった気がした。

「帰らないと…」

そう呟き立ち上がろうとした瞬間であった。今までにない下半身の重さを感じる。立つ事が出来ない。
どうやって帰れというのか、身体の機能を奪うのであれば家の前まで送迎するくらいの親切さがあっても良いくらいではないかなんて心の中で文句を言う。ただでさえ意識が最低ラインまでしかない状態で更に使うなんて真似はしたくなかったが致し方ないだろう。

「誰か、気付いて…」

私は自らの意識を天に向かって放った。白の意識を受け取れる氷タイプのポケモンでも良い、誰かに気付いて貰えないといつまでもここに座り込んでいなければならない。とはいえ、元々この仮目覚めは目覚めの一歩手前の状態であり回復したての意識を消費出来る様な時ではない。頭がクラクラとして目が霞む。

・・・

「セヴリーヌ」

私は再び雪の中で眠っていた様だ、名を呼ばれ重たい瞼をあげると鮮やかな青緑の色彩とアメジストの瞳。

「良かった、目が覚めて…心配したのよ」
「…、サザンカさん」

サザンカさんは数少ない私の事情を知っていて尚良くしてくれる人のひとりだ。彼女とは以前シンオウ地方に住んでいた時に友人であったシロナを通して会った事があった。私の失踪によりサザンカさんにまで心配を掛けてしまっていた事を、カロス地方に来て彼女と再会を果たして知ることになった。

「おかえりなさい」
「ただいま、戻りました…なんて。気付いてくれてありがとうございます」
「あなたのポケモンが教えてくれたのよ」

そうか、そういえば。私が眠りにつく前に彼女に私の手持ちポケモンのうち二匹預かってもらっていた。氷タイプの彼らは私とフィンブルの白の意識を受け取ることが出来るのだ。私の声を聞いてか、ボールから出てきたグレイシアと、かつてアマルスだったアマルルガとも久しぶりの再会となる。

「お久しぶりですね」

長年の付き合いにより彼らは分かってくれているだろうが、普通なら何年もトレーナーが自分の前から姿を消したなら捨てられたと勘違いしてしまってもおかしくない。しかし彼らは私の帰りを信じていてくれた様で嬉しそうに私に擦り寄った。

「しーあし」
「るーる…」
「シーヴル、テクシス…遅くなってごめんなさい。意識を拾ってくれてありがとう」

サザンカさんはそんな様子を見ながら、あなたを信じているのね。と小さく零した。それを聞いてある程度は私の意識を受け取れるこおりタイプのポケモンだからこそ、意識を通して言葉を多少は理解してもらえて居るのだろうか、なんて彼らにしか分からない事を想像する。

「さあ、帰りましょう。立てる?」

サザンカさんが私に向かって手を差し出した。相も変わらず誰かから差し出される手を掴むのを躊躇する。彼女が私がどういう存在か理解していても尚、だ。

「それが、…足が動かないんです。だから…」
「だから?」
「いえ……サザンカさんが来てくれて良かったです。テクシス、力を貸してもらえますか?」

テクシスが返事をする様に鳴いて私に頬ずりした。サザンカさんに助けてもらいながら何とかテクシスの背に乗る。サザンカさんはテクシスを撫でてお願いね、と呟いた。テクシスはまた鳴いた。

「それにしてもどうして彼らにセヴリーヌが戻ってきたことが分かったのかしら」

私を乗せたテクシスの傍らを歩きながらおもむろに彼女は尋ねた。先程私が言いかけてやめた部分だろう。

「私の白の意識を感じ取ったのでしょう…先ほど少し放ちましたから」
「あなたの意識を……そう」

サザンカさんは納得したようだが、何故だか少し悲しそうに見えた。

「何だか温かいですね」
「ええ、春らしい気候ね」
「春、ですか?」

聞き返すとサザンカさんは私をちらりと見て、あなたが眠ってから四度目のね、と言った。

「三年も眠っていたんですね、私」
「ええ、早いわよね」
「ええ……」

三年も眠って意識を回復しておきながら、立てすらしないなんて冗談だとしても笑えない。先代のブランシュは私に継承する時、杖をついていた事をふと思い出した。彼女も一刻も早く継承したかったのだ、命を落とす前に。ただ私の後に続く継承者が存在しない所が彼女とは違う点だ。

「セヴリーヌ」
「はい」
「何かしたい事はある?ほら、三年ぶりに目覚めたんだし」
「したい事、…そうですね……」

何かしたい事、あっただろうか。きっと次があればの話、もう帰ってくる事は出来ないだろう。以前から少し目が悪くなったり、寝込む事が増えたりしていた。免疫力が低下しているのかもしれない。次がなくてもこの先、身体は徐々に普通の生命を維持する機能を失っていく。どの道先は長くない。

「ちょうど春ですし、桜が見たいです」
「桜ね、いいわ。見に行きましょう、今日は急だから一週間後なんてどうかしら?」
「良いんですか?」
「ええ、勿論」

礼を言えば、サザンカさんはふふ、と笑った。強くて、しっかりとした素敵な女性、彼女の様に生きれたなら私ももっと強かであれたのだろうか。

「あ…」
「桜、ね…」

一週間待つ必要がなくなってしまった。大きな桜の木が目の前の小さな丘の上に立っている。サザンカさんは少し困った様に笑った。

「それにしてもタイミングが良いわね、満開よ」
「これが桜なんですね」

春の風が丘を吹き抜け心地が良い。桜の花びらが散って、まるで桜の雪が舞っている様だ。心が温かくなる感覚を覚える。それに対し身体は雪の様に冷たくなっていく気がした。気のせいであって欲しい、だがどうも気のせいではない様で吐く息すら冷たい。

「薄々もう私は長くないとは思っていたんですけれど、思いの外短かった様です。折角、サザンカさんにまた会えたのに」
「…」

私の突然の言葉にサザンカさんは何も言わなかった。まるで私の次の言葉を待っている様で。私はブランシュの末路の伝説について彼女に語る。

「ブランシュが迎える末路については、勿論一様ではないんですけれどひとつ、皮肉な程に似合うものがあるんです。ブランシュの身体は雪の様に冷たくなって、雪になって大地を舞いフィンブルの理の中に還るんですって……」

ただの作り話だと思っていた。ブランシュの死を綺麗に見せたいために話され続けている浮説に過ぎないのだと。

「私この死に方だけは絶対に嫌だとずっと思ってたんですけど、きっと雪に還るんでしょうね」
「雪に還るって素敵な表現だと思うけれど…」
「聞こえは良いですけれど、死ぬと消えてしまうんです。私が人間である事すら否定される気がして」

命が燃え尽きても遺体が残らないなんてどう考えても人間らしからぬ事を認めたくない。私が人間である事を否定するのと同時に、化け物だと認める事になるのではないかと思うからだ。

「消えてしまうのは、そこに魂がなくとも寂しいわね…」
「でもある意味、これで良いのかもしれませんね……身体が残ると、一族の人間は嫌がるでしょうし。ごめんなさい、私変な話ばかり」
「良いのよ、寧ろ聞かせて欲しいくらいだけれど…」

サザンカさんの言葉が優しくて心が痛い。愚痴の様な死期の近い人間の話なんて聞かせていて彼女に申し訳なくなる。私はやり場のない気持ちをいつもの笑顔を作って落ち着かせようとする。

「私、何故つかの間帰ってこられたのか分かった気がします……」
「聞いても良いかしら?」
「ふふ、言葉にすると安いですけれど私、ブランシュとしてではなくてセヴリーヌとしてこの命を終えたいと願っていました。最後の望みを、フィンブルがきいてくれたのかもしれません…死に方は選ばせては貰えない様ですが」

もうあまり時間はなさそうだ。再び時間のない世界に吸い寄せられる様な感覚、身体は少しずつ足元から消えていっている。まるで夢の中に居るような心地に包まれる。

「サザンカさんが見届けてくれて良かった。私の事、今だけ、覚えていてくれませんか?」
「今だけなんて、言わないで。ずっと忘れないわよ」
「言いたい事延々と聞かせてしまいました、すみません。聞いてくれてありがとうございます…」

忘れないと言ってくれた事が嬉しい、だがそれ以上に何だかそう言わせた感じがしなくもなくてまた謝る。誰の重荷にもなりたくないのに、遺体が残らない代わりに誰かに記憶として残して欲しいなんて我儘が出てしまう。

「サザンカさん、桜を見せてくれてありがとうございました。長年の夢でした、桜を見るのが」
「あなたが春を招いたのよ。厳しい冬を終わらせたのはセヴリーヌだもの」

それが私が消えてしまうまでに聞き取れた最後の彼女の言葉。彼女の温かい言葉。彼女との最後の記憶。

・・・

桜吹雪の中を、いつもの笑顔を浮かべて雪になって舞って逝ってしまった。セヴリーヌが嫌だと言っていた死に方だけに皮肉なまでに綺麗に思えた。

「シーヴル」
「私の大事な人の最後を見届けてくれて感謝しているわ、ありがとう」
「あなたは大丈夫なの?」
「セヴリーヌはいつも私の傍に居るもの、雪に還ったんだから」
「そうね…」

気丈に振る舞うセヴリーヌの相棒のグレイシアのシーヴルの姿は見ていられない程にセヴリーヌに似ている気がした。


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -