Enchanté
「まさか、今日も来てくださるなんて。もしかしてお暇なのですか?」
特に身体に異常もないとの事で無事に退院する私の所に訪ねて来たのは昨日の青年。医者ですら私の白さを奇妙な物を見る眼差しで見ていた。心地の良いものではない、故に早々に去ろうとしていた所にである。
「そんな訳ないでしょう。私にだって仕事くらいあります。」
「すみません、失礼な事を言ってしまいました。」
ほぼ病院を後にする準備は出来ている。後はいつもの茶髪のウィッグを被るだけ。
「それ、被るのですか?」
私が手を伸ばしかけたウィッグを指差し彼は言った。
「…ええ。あなたには見られてしまいましたが、奇妙なだけですから。」
私がそう言うと彼は黙った。納得しての沈黙ではない事は何となく分かるが、それ以上何も言ってこないので私はウィッグを被り髪を整える。
「…行きましょうか?」
「…はい」
何故彼が私を病室まで迎えに来てくれたのかは少々謎だが、大人しく彼の後をついて行く。
・・・
「…あの、何故私にここまでしてくれるのですか?」
病院を出て私の後ろを歩く彼女がそう言った。彼女の表情は固く、昨日の様ににこにこはしていない。
「何故って、…あなたこの地方に来たばかりだとお見受けしましたが」
「ええ、確かにその通りです。」
「あなたの目的地までお送りするのがあなたに関わった私の務めだと感じたので。」
私がそう言うと彼女は少し困った様に顔をしかめる。そんなにおかしいこと言いましたか?私。
「お気持ちは有難いのですが、…あなたにそこまでご迷惑を掛ける訳には…」
「いやいや、17番道路がどのような場所かを分かっていながら雪の中に突っ込んで行くような方を放っておける訳ないでしょう…」
そう返すと彼女は押し黙った。そこを突かれては何も言えないではないか、と言わんばかりに目を泳がせている。
「それで、何方まで行くおつもりなのですか?」
「ヒャッコクシティです。」
後少しの所で雪に埋もれ到着が一日遅れるとは何とも気の毒だが自業自得である。
「ヒャッコクシティでしたか、それならすぐそこですよ」
「助かります…」
・・・
「ここがヒャッコクシティですよ」
青年の案内で無事にヒャッコクシティに辿り着く事が出来たセヴリーヌは街の入り口にある看板に目をやる。
「星巡る、時告げの街…」
「何だか神秘的ですよね。私もよく知っている訳ではありません、ですが向こうに見える日時計が何やら関係ありそうですよ。」
彼が言う日時計は街の入り口から真っ直ぐに見渡した先にある。街全体が海に浮いている様にも見える街の作りにセヴリーヌは少し身震いをする。
「あれが、日時計…名前の通り、目映いですね。」
「この時間帯だとまだまだ輝きはピークではないと言われていますが、眩しいですか?」
目の上を手で覆う様にして見るセヴリーヌに青年が問う。
「ええ…」
「詳しくはヒャッコクシティのジムリーダーの方に聞いた方が良いかもしれません」
・・・
「…あの、色々ありがとうございました。」
深々と頭を下げる私に青年は、頭を上げてくださいと穏やかに言う。
「ひとつ、お聞きしても良いですか?」
青年にそう言われ私は頷く。彼は私に名前を尋ねた。
「…私、大変な失礼を、すみません。きっとあなたならもう悟っているかと思われますが私は人と関わることを避けています。なので軽々しく名を口にする事を良しとしません…ただ、あなたには恩もありますし…私、セヴリーヌと言います。もし、宜しければあなたのお名前も伺っても?」
「私はズミ、と言います。あなたのそういう雰囲気何となくですが、感じていました…ですが、Enchanté」
彼は私に“初めまして”と言いました。“さようなら”ではなく、手を差し出し“Enchanté”と。私は震える手で彼の手を掴み、返す。
「…Enchantée」
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