Bon appétit.


最後の確認と言って尋ねた私をズミさんの綺麗な青い目が捉える。答えはもう決まっていると言わんばかりの力強さを宿した彼の青い目に見つめられ何だか力が抜ける。

「ええ、あなたの事支えさせてください。あなたが、セヴリーヌが良いんです」

「分かり、ました……私、迷惑ばかり掛けると思いますが…よろしくお願いします、ズミさん」

「こちらこそ、セヴリーヌ」

彼が私の事を支えさせて欲しいと言ってくれた事は素直に嬉しいと思う。だがそれを表に出して喜べない。私はまたあの仮面の笑顔を作った。

「ですが、何でしょう…少々複雑ですね。もうあなたとは前以上の関係になる事はないと考えていました、だから中途半端な距離感で付き合いを続けるなら今のうちから距離をとるべきだと思い行動していました…その矢先ですよ」

その口ぶりは少し愚痴っぽくなってしまった。誰でもなく私自身がした行動で勝手に自分が複雑な心境になっているだけに過ぎない事は重々承知している。

「ですよね、何だか前よりは沢山を語ってくれるようになりましたが、あなたとの…何と言うか心の距離は離れている様な気がしていました」

「今、嬉しい気持ちも勿論あるんです。ですが…何だか素直に喜ぶのは違う気がして、と言うよりもそれを良しとしない自分が居るんです」

こんな事あなたに聞かせても結局は私のせいなんですけどね。と付け加える。ズミさんはどういう事ですか?と尋ねてきた。誤魔化しても無駄だと思い言葉を選びながら話す。

「私が…あなたに好きだと言っておきながらあなたから目を逸らしてきた事実、それから遠ざけようとしていた手前…何だか素直に受け入れられなかっただけです」

自業自得でしょう?と笑う私に、ズミさんはふっと優しい顔つきになる。

「あなたのその気持ち…まあ、分からなくもないですよ」

私があなたの立場ならそのまま断る可能性もありますし。と彼は言った。それからスープ温め直してきますから少し待っててください。と言うとまたキッチンに消えて行った。そこで漸く離れた彼の手の温もりが残る両手に視線を落とす。

冷静を装っていたが、彼とのやり取りを冷静に思い返すとかぁっと顔が火照ってくる。

「しーあ!」

突然シーヴルが私の膝に乗ってきた。一日半放っておいた挙げ句、起きてもズミさんとずっと話をしていたために構ってもらえなかった事に少し不機嫌な様子。

「シーヴル…ああ、どうしましょう」

膝の上のシーヴルのひんやりとした身体に顔を埋める私の肩にポンッとシーヴルの前脚が置かれる。

「しあっ」

シーヴルはそう鳴いた後に私の頭に自らの顎を乗せた。良かったじゃない。とでも言ってくれているのだろうか。

「な、何をしているのですか?」

「…」

「しーあし…」

何をしているのかズミさんに尋ねられ何も言わない私の代わりにシーヴルが答えてくれた様だ。せめて顔の火照りが引いてくれないと顔を上げられない。シーヴルの冷たい身体がこういう時は丁度良い、なんて思っていると彼女に頭に頭突きされた。それで気が紛れたのか顔の火照りがスッと引いていくのを感じる。

「い、いえ…」

「しあ!」

「あなたもご飯が欲しいのですか?」

「しーあ!」

ズミさんが私の前に温めたスープを置いた。シーヴルは私にも。と言うようにズミさんに前脚を掛けている。

「シーヴル、あなたのご飯ならいつもあの場所に置いていますよね?」

と、私が居なくても彼らが食事に困らない様にポケモンフードを置いている場所に目をやるといつも通りにまだ残っている。

「きっと、飽きたという事なんでしょうね」

ズミさんは自分に前脚を掛けているシーヴルの頭を撫でると再びキッチンの方へ行ってしまった。そして再び戻ってきたズミさんの手には色鮮やかなポフレが入ったカゴが乗っている。

「ポフレ、ですか?」

「ええ、その…暇、だったもので。すみません、勝手に色々使ってしまって」

「いえ、それは構いませんけれど」

「しあっしあ!」

ズミさんにカゴごと差し出されたポフレのうちチョコレートの様な色の可愛らしいポフレを彼女は選びかぶりついた。

「美味しいですか?」

「しーあし!」

「それは良かった…、どうかしましたか?」

まじまじとズミさんを眺める私の視線を感じ彼は私に尋ねる。

「い、いえ…ズミさんはシェフなんだと改めて実感したものですから」

私がその様に言うと彼は何ですか、それ。と穏やかに笑った。そして私が折角彼が作ってくれた食事に手をつけていない事に気付いたのか、食べないんですか?と問うてきた。

「いえ、いただきます」

「Bon appétit.」

彼が作ってくれた食事は一日半何も入れていなかった身体に染み渡るようなそんな温かみがあった。

 

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