運命を生きる者


冷蔵庫に入れてあった冷えた水を一日半眠り続けたカラカラの身体に流し込む。そしてズミさんの元に戻るとゆっくりと話し始める。

「難しい話ではありません。ブランシュは吹雪けば雪山に出向きフィンブルに祈りを捧げなければならない…それがいつ何時、どんな日であっても例外はありません。だからです」

ブランシュ故に他の人と同じ様にはいかない。どんな日であっても吹雪けば雪山に行かねばならない。帰ってきても朦朧とした状態で、そこからすぐに眠ってしまう。一日半も。これで普通の付き合いが出来る方がどうかしている。

「吹雪の日とそこから一日半は恋人に構う事が出来ないという意味ですよね?」

「そうですけれど、正月や恋人の日と呼ばれるバレンタインデーも例外ではないんですよ?ブランシュは“普通”が“普通ではない”んです…」

ズミさんはそんな事が耐えられない様ではそりゃああなたと付き合ってゆくのは無理でしょうね。と他人事の様に付け足した。

「それから…破滅の冬を封印したブランシュの辿る末路に耐えられない、という理由もあります」

「それは…何ですか?」

ズミさんに尋ねられ私は息を深く吸ってから彼を見据え口を開いた。

「命を落とす可能性も充分にある、という事です」

「…死、ですか」

彼はこれと言って目立った驚き等の表情を見せなかった。ただ少し考える様にその言葉を口にしていた。

「死にはしなくとも、身体に障害を残したりという前例は多く存在しています…勿論無事に終える事が出来る事もありますが」

つまり破滅の冬を封印したブランシュは死ぬかもしれない若しくは命はあれど普通の人間としてそれまでの様に生活する事が出来なくなる可能性があるという事を意味する。

「なるほど…そこにある違いとは何なのでしょう?」

彼は冷静だ。この話をしてここまで冷静で居られるなんて正直思っていなかった。

「器量、生まれ持ったブランシュとしての器量の差だと言われています」

「何だか酷な話ですね…生まれ持った器量の差で、その様な運命を辿る事を義務付けられていると言っても過言ではない立場だなんて」

「それが、ブランシュですから…」

彼が口にしたブランシュへの哀れみの言葉に返す上手い言葉が見つからず当たり障りのない事を言ってしまう。

「後…、」

「まだあるのですか?」

「…ブランシュは破滅の冬を封印した後に意識を最低ラインまで回復させるための眠りにつきます。いつ目覚めるか分かりません」

私がブランシュ故に上手く付き合ってゆく事が出来ないと言ったのはこれらの理由に寄るものです。と少し早口に言った。

「なるほど、確かに普通の付き合いを望んでいては耐えられないでしょうね…相手もあなたも」

「私も、ですか?」

「あなたの事ですから、上手く付き合って行けない事への申し訳なさが募って辛いのだと思います」

随分分かった風な話し方をするんですね、なんて皮肉が喉元まで出てきそうになるのを飲み込む。実際その通りなのだから言うべきではないだろう。

「私は、普通である事を望みません。あなたも無理に普通を演じなくても良いんですよ」

ズミさんは“私は”と少し強調する様に言った。彼の優しい言葉を素直に受け取る事を快く思わない自分が居る。好きになった人からの嬉しい言葉、なのに何だか突き放そうとしていた手前それを快く受けられない。所謂自業自得な事は痛い程分かっている。

「私、あなたが思う程か弱くありませんよ」

「ええ」


「それに素直ではありませんし、天邪鬼な皮肉ばかり言います」

「ええ」


「それから我が儘ですし、気分の浮き沈みも…」

「ええ、分かっています」


ズミさんは私の小さな抵抗、“こんな私止めておいた方が良いですよ”の言葉を全て穏やかな笑みを浮かべたまま、それでも構いません。と言うように頷く。何だか彼を直視出来なくて視線を手を置いている膝に移す。

「ブランシュ、ですけれど…」

「それも知っています」

膝に置く手が少し震える。見ればそれは一目瞭然なのだが、震える右手を震える左手で覆う。そこに重なったズミさんの私より大きな手。私は思わず顔を上げ彼を見る。

「逃げないでください…あなたの事放って置けなくさせておいて逃げるなんてズルいですよ」

「…そんな言い掛かり、あなたこそズルい人です」

彼の手に包まれた私の両手の震えは止まり、その温かさに触れた肌にじんわりとした熱さを覚える。

「ズミさん、これが最後です…私で良いんですか?」

 

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