水の青に映る憂い
「ここですよ、コウジンタウンという町です。」
翌日私はセヴリーヌをある所に連れていくためにコウジンタウンに案内した。崖の上に位置するコウジンタウンに彼女は驚きを顕にしている。
「こんな高い所に町があるんですね…崩れ落ちちゃいそうです」
「縁起でもない事言っちゃ駄目ですよ…」
私がその様に言うと彼女はすみません。と言う。
「それはそうと、ここには何があるのですか?」
「あなたを連れていこうとしている場所の他に、化石の研究所なんかがありますね」
「それって、化石からポケモンに復元する場所ですか?」
彼女が少し興奮気味にその様に聞いてきたので、ええ確かそうでしたよ。と言うと、もし時間があれば行ってみても良いですか?と。
「構いませんけど、あなた化石にも興味あるのですか?」
「これでも研究者の端くれですからね」
そう言いながらわくわくしている彼女をとりあえず目的の場所に連れて行く。
「ここです、あなたに見せたかった場所は」
「水、族館…ですか?」
彼女に水族館を知っていましたか?と尋ねるとまじまじとコウジン水族館の建物を見ながら彼女は答える。
「そういう施設がある事は知っていましたが、来たのは初めてです…」
さ、入りましょう?と彼女と共に水族館に入る。入るとそこは水族館独特の薄暗い空間、目の前に広がるのは水槽。水槽の中で泳ぐ水タイプのポケモン達。
「これが水の中なのですね…ポケモン達が自由に泳ぐ海の中…青く澄んだとても幻想的な世界ですね」
「あなたが知る事を諦めていた水の世界を、これで少しでも知って貰えたなら私は嬉しいです」
水槽を見つめる横顔にその様に言う。彼女は水槽を見つめたまま、何故そこまでしてくれるのですか?と尋ねてきた。
「前にも言った様に、放っておけないからでしょうか。」
「ふふ、私が水の世界を知らなくて良いと言った事、本心ではないと思ったのですか?」
「ええ、ご自分の好奇心には割と素直なあなたが知らない事があるのを良しとするなんて、と思いまして」
私がその様に言うと、彼女はそれは偏見ですよ。と水槽に視線を注いだままで笑った。
「恐ろしい物を前にして好奇心のままに飛び込むなんて、そんな勇気は持っていません…知らない事もまた、それは憧れで良かったんです」
そこで漸く彼女は水槽から視線を私に向ける。
「でもこの雰囲気は素敵です、雪の白しか知らない私には眩しい程に青く美しい世界。それを水に触れる事なく見せて貰ったのですから、ズミさんには感謝しかありません」
「それは良かった」
「しーあ!」
「こら、シーヴル。ガラスに爪立てちゃ駄目ですよ」
いつの間にか彼女のモンスターボールから出ていたシーヴルがガラス越しに泳いでいるコイキングに威嚇している。セヴリーヌに注意され大人しくなったシーヴルをそのまま彼女は抱き上げる。
「シーヴル、水の中は美しいですね…」
「しーあし…」
「水の中は、案外自由なのですね…」
「しあ…」
大きな水槽の前にあるベンチに座りながらシーヴルに語り掛ける彼女は心無しか今まで水の中の世界を知らずにいた事を憂いている様に見える。
「ズミさん、雪に埋まった事ありますか?」
彼女は唐突に大水槽を眺めながら私にその様に尋ねてきた。何を考えているのかがイマイチ読めない。
「ありませんよ。あなたじゃあるまいし…」
「そうですよね。埋まっている時って一面真っ白の景色が見えると想像しませんか?」
「そうではないんですか?」
「…真っ暗なんですよ。目を開けても、日が届かない程の雪の中は真っ暗なんです……」
「真っ白の方が、良かったと思っているのですか?」
私に彼女の真意が分かったものではないが、何だか違和感を感じたのでその様に問えば彼女は首を横に振った。
「海は側から見ても青く、海の中も青い。でも雪は見た目に白くとも雪の中は真っ暗…何だか私とズミさんの生きる世界を具現しているかの様に感じてしまって」
「どういう事ですか?」
未だに大水槽を眺めながら話す彼女に問うとセヴリーヌは立っている私を見上げる様にこちらを見る。
「生きる世界が違うという事ですよ…」
何故、そんなに悲しそうな眼をして突然そんな事を言うのか理解出来ない。そう思っていると彼女はまた微笑みを作った。
「ズミさんとこの様な関係で居られるのは嬉しい事です。でも、私では不釣り合いなんだと…ひしひしと感じています」
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