知らない青の世界


「まだ、ですか?」

「もう少しですよ」

少し不機嫌な様子で尋ねるズミさんに笑顔でそう答えるザクロさん。私はズミさんの後に続きながらこれまた歩きにくい少しぼこぼこした坂道を歩く。歩き続けて十五分といった所である。

「セヴリーヌ、大丈夫ですか?」

「ええ、大丈夫です」

ズミさんは見た所少し息が上がっている様だ。昼に立ちくらみを起こした私が案外ピンピンしている事にズミさんは驚いた様な表情をしながら、意外と体力あるんですね。と言う。

「言ったじゃないですか、ダンサーだったと。」

「四年も前の話ですよね?」

「勿論あの頃よりは体力は落ちましたが…」

「ほら、着きましたよ」

私とズミさんがそんなやり取りをしていたら先頭を歩いていたザクロさんがその様に言ったので私達も前を見る。そこには夕日に照らされオレンジ色に染まった海あり、そのまた向こうに地平線が見える。そして眼下には夕日に照らされたショウヨウシティがある。

「綺麗です…すみません、何だかあり来たりな言葉で。」

ザクロさんが言っていた良い所からの景色に素直に見惚れる。何か言わなきゃと思い出した言葉はやはりあり来たりで、でもそれが一番飾らない言葉で感動を伝えるには良いと思えた。

「いえいえ、そうでしょう?ここは私のお気に入りの場所なんですよ」

「ふふ、ザクロさんのおかげでショウヨウシティの良い所知れました。ありがとうございます」

「暑い気候だけでここを嫌いになって欲しくなかったので、ここまで案内出来て良かったです」

ザクロさんはザクロさんなりにショウヨウシティの良い所を伝えようとしてくれていたのか。その事実に思わず頬が緩む。

「ふふ、ありがとうございます。知っての通りかと思いますが暑い気候は苦手で、それともう一つ…海も苦手なんです。」

「だから先程好きではないと言っていたのですね?」

ズミさんに尋ねられ頷く。何故です?とザクロさんが私に問う。

「お恥ずかしい話ですが、泳げないんです。だから海や水が怖くて…」

そう答えるとザクロさんはなるほど。と納得した様子。ズミさんは

「あなたにも苦手な物があるんですね、少し意外でした」

なんて言っている。この人は私の事を超人か何かだと思っているのか。

「そりゃあありますよ、私だって」

普通の人間ですから、という言葉を寸前の所で呑み込む。別に言っても良いのだが、何となくはばかられた。

「泳いだ事は?」

「溺れた事なら…進んで水に入る事もありませんし」

そう言うとそれはそうですよね。とズミさん。ザクロさんは練習すれば泳げるようになりますよ。と。いやいや、何故苦手を克服する流れになっているのでしょうか。

「私は、良いんです。水の中の世界を知らなくとも」

私がそう言うとザクロさんは少々残念そうに、海の中はあなたの想像よりも遥かに青く、美しいものですよ。と言った。それはそうなのだろう。でも私には縁のない所だと思ってきたために水が怖い事をそれほど嘆いた事はない。敢えて悔いた瞬間は、いざという時の逃げ場が限られている事くらいで。夕日に照らされたオレンジ色に染まった海を眺めながら、ズミさんは何かを思い出したかの様な表情を見せる。

「あなたも海の中の世界を見る事、出来ますよ」

「…泳ぎの練習をするなんて言いませんよね?」

まさかと思いながら一応尋ねる。ズミさんは何を言っているのですか。と言わんばかりに首を横に振る。

「本人にその気がないのに泳げるようになるなんて無理でしょう?」

なりたいと願ってません。と言うと安心してください。とズミさんは笑った。ザクロさんもピンと来たのかそういえば良い所がありますね。と言う。

「セヴリーヌに持ってこいの場所があるんですよ」

 

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