叶うならば再び
バトルシャトーを背に道沿いに沢山の花が咲いており、そこを夕時の穏やかな風が吹き抜けるリビエールラインを歩く。
「久々にバトルの楽しさを実感しました…今日はありがとうございました、ズミさん」
「それは何よりです」
夕日に照らされる彼女の横顔はやはり笑っていた。同じ笑みなのに今日の彼女の微笑みは何かが違う様に感じる。
「何か良い事ありましたか?」
嬉しそうな横顔にそう尋ねるが、彼女は横に首を振り、いいえ、何も。と答えた。
「良い事ではありませんが…あの頃の事を思い出していました。あの頃というのは私がジムリーダーを務めていた頃です」
彼女がいいえ、何も。と否定したのは“良い事”の部分だったのか、と彼女が話すのを聞いて漸く納得する。
「あなたがシェフをしながら四天王を務めている事とは少し違っていますが、私は氷上ダンサーをしながらジムリーダーを務めていました…」
私がシェフをしながら四天王を務めている事と彼女が氷上ダンサーをしながらジムリーダーを務めていた事の何が違うのだろうか。
「とはいえ、私の場合ダンスを披露する場を持てなかったために私というジムリーダーのキャラ付けとしてダンスを利用していたという事だけですが。」
セヴリーヌの言葉で彼女が違うと言った意味を理解する。私はもし四天王を辞める時が来たとしてもシェフであり続ける事が出来る。それに対し彼女はジムリーダーを辞めてしまった今はダンスを披露出来る場を持たない。つまりはジムリーダーであるから氷上ダンサーで在れたという事か。
「…に、しても本当に色々やってきてますね…セヴリーヌは」
「ふふ、奥が深いと言ってください…なんて」
彼女はまた冗談を言うように茶化して笑う。
「あなたがダンサーをしていたなんて意外ですからね」
「そうでしょうか…」
今までの彼女を見るに室内で本を読んでいる事が多そうな感じであるのに、その彼女がまさか氷上でダンスを踊っていた人間だと誰が予想出来るというのか。
「挑戦者以外は殆ど人の寄り付かないジムリーダーでした。旅をしてあらゆる方を見てきましたが私の様なジムリーダーは誰として居ませんでした。」
まあ、私の立場上仕方ないんですけどね。とセヴリーヌは言い笑う。
「ジムリーダーを辞めたのは脚を故障したためにダンスを続ける事が困難になったからです。それと同時にジムリーダーとしてのバトルに自信を持てなくなりました…」
「…それも、脚を故障したからですか?」
私がそう尋ねると彼女は頷きまた話し始める。
「氷上ダンサーとしてのキャラクターはいつの間にか私のバトルスタイルになっていた様です。滑れない私はジムリーダーでは居られないと感じ、ジムリーダーを退きました」
「ではそれからバトルはしていなかったという事なんですか?」
それはいくら何でもご無沙汰過ぎるだろうと思いながら尋ねる。四年程の月日の中でバトルを殆どしないなんて四天王をしている私には想像が追いつかない。
「勿論、全くもってしなかった訳でないですが、前程バトルをする事はありませんでしたね」
バトルをしたいと思う事はありましたか?私がそう問うと彼女は、そりゃあ多少はありますよ。と笑った。
「そうですか、…脚はもう大丈夫なのですか?」
「ええ、この通り。」
「叶うならまた滑りたいと思っていますか?」
「ええ、そうですね…叶うなら」
そう言い微笑む彼女の横顔を見つめる。
セヴリーヌへの恋心を否定しておきながら、彼女への関心はまだ失せていない。それどころかまだ彼女を知りたいとすら思う。
「いつか、あなたの滑りを見せてくれませんか…?」
「ふふ、それが叶うならいつか」
彼女が笑った顔を見せている中で思っている事を時間を掛けて知っていきたいと思う。
私はその時、気が付いた。ゆっくりと彼女に惹かれ始めているという事実を認めざるを得ない事に。私が彼女への恋心を否定した時点では、恋という段階に乗っていないだけであったという事だ。
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