全てが嘘に変わる時
「“ブランシュ”の役割を負う人間は私の様な白き肌、髪を持って生まれます…この容姿は“ブランシュ”の地位を象徴する物と言えます」
次に彼女は容姿の事について触れた。
「あなたの話だと“ブランシュ”は伝説上とても重要な役割ですよね…どうして正体を知られる事を恐れるのです?」
彼女は正体を知られた時に奇妙だと言われるだけでは済まないと言っていた。
「それは、私の“ブランシュ”としての地位が限りなく低いからです。今まで逃げる様に暮らしてきたのはそこに原因があります」
失踪した事は知っているが逃げる様に暮らしてきたというのは初耳だ。そうセヴリーヌに言うと、そうでしたっけ。なんて言っている。
「待ってください、あなたを追っているのはお姉さんやお兄さんだけではないと言うのですか?」
私がそう尋ねると彼女は頷いた。
「私が生まれた村は雪深い秘境の様な地です。フィンブル伝説を伝承していく事に重きを置いている古き伝統を大切にしている所です…フィンブル伝説に“ブランシュ”はなくてはなりません」
つまり村の人間から追われている、そういう事なのだろう。
「私はこの地方に来て初めての吹雪の日に、この地方の雪山に祠を移す儀を行いました…それが姉に会うまでに済ませておきたかった事です。」
つまり、その為にその儀を終えていなかったミアレシティでお姉さんに追われた時点では彼女から逃げたという事になる。
「私、ズミさんに謝らなければならない事があります。」
セヴリーヌが急にその様に言うので驚く。何でしょう?と問えば彼女は申し訳なさそうに言う。
「あのミアレガレットを食べに連れて行ってくれるという約束をしていたあの日、風邪は確かにひいてしまいました。ですが風邪気味なのに寒い日に出歩いたというのは嘘で、その儀を前々日の夜に行ったためです…」
久々だったので疲れが酷く、いつもならお風呂で温まってから寝る所を帰宅してそのまま寝落ちしてしまったのだと言う。隠すために嘘を吐いていたと、彼女は詫びた。事情を隠すために嘘を吐いた、そのひとつの嘘は最早どうでも良い。それよりも私が見てきたセヴリーヌのほとんどが嘘になってしまう感覚がどうも恐ろしい。
「私はあなたの事、何か人として不安定さのある女性だと思っていました…」
「…はい」
「でもそれすらあなたの演技だったという事ですか?」
私が彼女にそう問えば、あなたが私を見て何をどう不安定だと感じたのかは分かりません。と答えた。
「本当の所を隠す故にその側面だけを見ていたなら、不安定な人間だと思われても仕方ないのかもしれません。ただ…演技をしていたつもりはありません」
彼女はその様に言った。つまり側面だけを見てきた私にはそこにある本当の理由が何なのか分からない故に彼女をアンバランスに捉えていたという事だ。演技はしていない、だけど私が見てきた彼女の不安定さは嘘だった。
「…全ての事には理由が存在するという事です」
そう言った彼女は悲しそうに口元に笑みだけを浮かべていた。ただ理由を尋ねたかったに過ぎないのに、何故か私の心はざわついている。私が知っているセヴリーヌが本当の彼女ではない事が目の前に突き付けられショックを受けているのだと認めざるを得ない。
「…変ですね、あなたの事を知れば知る程私の心は穏やかではない」
「それはきっと、この人に関わっては危険ですっていう警告ですよ」
あなたがそれを言うのですか?と言うと彼女は、今だから言うんです。と返してきた。
「あなたに振られた時に、これで良いと言ったのは私が“ブランシュ”であるが故にあなたに迷惑を掛けたくなかったというのもあります。色々踏まえると、これで良かったんです…」
最後に付け足す様にそう言う彼女はまたあの告白の時の様に微笑んでいた。
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