笑みを絶やさぬ理由


「うちな、人に弱みを見せたくなくて笑顔で居るようにしてるんよ…」

裾直しをしながらマーシュさんが優しげな口調でそう言った。

「…演技という事ですか?」

「そうや。笑顔って便利な物なんよ?全てを包み隠すくらいに効果あるんや」

「ええ…、よく分かります」

マーシュさんは単刀直入だ。いきなり核心をついてくる。この人は自分の事を話しているだけではない。それはあなたもでしょう?と言わんばかりの言葉が隠されている事を瞬間的に悟る。はぐらかしてもきっと無駄だと思ったので、その様に言った。

「そうやと思った。うち、セヴリーヌはんと似たもの同士やなって何となく感じてたんよ」

そうでなければわざわざ口にはしないだろう。

「私が感じている事や恐れている事を悟られないためにいつもほぼ無意識にやってしまうんです。私はもう顔に貼り付いて剥がれない仮面の様にも感じます、自分の笑顔を…」

マーシュさんは私の話を静かに聞いてくれた。そして私を見て言う。

「自分ではそんな風に思うやろうけどセヴリーヌはんの笑顔、うちは好きや」

「…ありがとうございます。何の気持ちも入っていないかもしれない笑顔ですけれど」

「そんな事あらへん。うちにはどんな感情がその裏にあるか分かる気がするんよ、何となくやけど」

この人はエスパーなのではないかと思う一方で、それは何となく分かる様な気がした。自分がしている事は誰がしていても何となく感じ取れてしまう、そういう事だ。

「…それは、少し厄介ですね…」

私は笑いながらそう言う。すると彼女もまた笑いながら、そうやね。と言った。

「セヴリーヌはん、何か悲しい事あったんやろ?」

「マーシュさん、唐突過ぎます…何故です?」

「だから言うたやろ?何となくや」

誰が彼女を止めてください。と思いながら喋る。

「悲しい、というのは違う気がします。私、寧ろ満足しているくらいなんですよ。」

「それはな、一時的に気持ちが満足感で満たされてるだけや思うんよ。やからセヴリーヌはんが本当にここに抱いてるのは悲しみや思う」

マーシュさんはここ、と言いながら胸の辺りに手を置く。彼女の言葉が重く彼女の言う、ここ、に突き刺さる様な気がした。

「…私が悲しんでいる、ですか?」

「うちに本当の所は分からへん。それは自分に聞くんよ?」

「…聞いて貰っても良いですか?」

「なんや?」

私が聞くとマーシュさんは優しくそう言った。私は具体的には言わずとも彼女にそのままの事実を話した。この地方に来るまでは逃げる様に暮らしてきた事、人との関わりを避ける様になった事、この地方に来てズミさんに助けられた事、彼の事を知りたいと思った事、彼が風邪をひいた私を見舞ってくれた事、彼の友人関係が眩しく思えた事、そして彼に好きだと伝え振られた事。努めて微笑みを絶やさずに話した。私の笑みからどれだけの感情が彼女に知られてしまったのだろうか。マーシュさんはずっと静かに聞いてくれた。

「…でもこれで良いと思っているんです。」

「セヴリーヌはんは強がりさんやな…」

マーシュさんは私が話し終わった後に静かにそう言った。

「私、彼に好きだと伝えましたが振られる事、何となく分かっていました。私はその結果を望んだんです…」

「セヴリーヌはんがそれで良いならうちは構へんけども悲しみがセヴリーヌはんの中にあるって事はその予想をどこかで裏切って欲しかったと思てるからやないやろうか?」

「…ええ、それはありました。限りなくない、と思いながらどこかで期待はしていました。でないと告白するなんて出来ません」

そう言うとマーシュさんは、セヴリーヌはんは案外行動派やな。と笑った。

「でも、無理に笑顔作らんでええんよ。泣きたい時は泣くんが一番や」

「ふふ、思い出すと泣けそうですがこの振り袖を濡らしたくないので…」

「全く、強がるんやから…」

マーシュさんはそう言って立ち上がると私の頭を撫でた。私の方が身長は高いが彼女の厚底の下駄がそれを可能にしている。マーシュさんの穏やかな手つきはその優しさを具現していた。

 

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