自由を夢見て


慌しく人々が騒ぎ立てている港、それを横目に彼女は物陰に隠れながら先を急ぐ。

『アイツを、あの女を捕らえろ!まだ船には乗っていないはずだ』

厳つい声が、吹雪と呼ぶにはお粗末な雪模様の天候の港に響いた。いつもは雪など降っていないと聞く港、彼女が来ることを予見していたかのように降る雪の中、彼女は人知れず肩を竦めた。

「上手く、やってみせる…大丈夫、大丈夫。」
彼女は“大丈夫”と暗示を掛けるように二度呟き、自信なさ気に眉を下げ微笑んだ。いや、彼女の自信なさ気に下がった眉はいつもと変わらない、と言った方が良いのかもしれない。そしてフード付きのマフラーをしっかりと巻き、フードの下のフェイクファーの帽子を深く被り、また港の様子を伺いながら動き出した。

ざわざわと騒がしい港、皆が皆それぞれを疑うような眼差し、皆が彼女を追っているように見える。

ー 捕まえろ。あの女を逃すな。
人の眼差しを避けるようにフードが捲れないように掴み彼女は速歩きをする。フードを被り込んだ怪しい格好だが、案外彼女を捕まえようと手を伸ばす人は居ない。雪の影響があるのだろう、あまり雪が降らない場所だからこそ寒さに慣れてない人々は服を着込んでいる。素の姿で外に出ると一発で追われている女だと知られてしまう彼女を隠す様に降る雪に今日以上に感謝したことはない。雪は彼女の居場所を示すように降りながらも彼女の手助けをしている様である。

「シーヴル、一旦戻って。あなたも、目立つから…」

彼女はそう言ってワタシをボールの中に戻した。ワタシは彼女の友達、ワタシは彼女の理解者。名前はシーヴル、氷華という意味を持つ言葉を少し捩った、彼女がくれた名前。
(上手くやりなさいよ、セヴリーヌ)

・・・

渡航券を船のクルーに見せ、大きな船に乗り込んだ。船の出航を知らせる汽笛が、曇空の中に響いた。個室に入ったセヴリーヌはフード付きのマフラーとフェイクファーの帽子を一緒に脱ぎ、茶髪のウィッグを外すと雪の結晶に色を付ける時に使われるベビーブルーの水彩絵具のような淡い色のミディアムカットの髪が露わになる。勝手にモンスターボールから出たグレイシア、シーヴルが緊張から解き放たれたことにより雪の様に真っ白な顔を真っ赤にして息を整える彼女に擦り寄ってきた。

「シーヴル、……何とか、上手く出来たでしょうか?」

モンスターボールの中に居たシーヴルは知る訳ないでしょう、と思いつつも小さく鳴いた。

「今夜は…、吹雪くのでしょうか?」

窓の外を見ながら不意にそう口にしたセヴリーヌにシーヴルは肯定しない。今夜吹雪いても吹雪かなくても、船の中に居るセヴリーヌには関係のないことだから。

・・・

船が出航して数時間、大海原を進む船。港で珍しく雪が降っていたことから吹雪くのではないかと心配していたセヴリーヌであるが、彼女の心配を他所に穏やかな星空が個室の窓から臨んで見える。セヴリーヌは個室のベッドで落ち着いて寝られずに空を見ていた。隣でシーヴルは気持ち良さそうにスヤスヤと規則正しい寝息を立てている。

もしもこの船の中に追手が居たら?
もしも既に目を付けられていたとしたら?そもそも、私はどこに行くつもりなの?

この先のことを考えると不安しか感じられず、考えるのを止めたくて目を瞑るも不安で鼓動が早くなり眠れそうにない。なんとなく静寂が落ち着かなくて早く朝になって欲しいと彼女は願う。そんなことを思うことは今までにそう無かった。何故ならば色素が薄いセヴリーヌは明るいのが苦手で陽の光がキツい時は照り返しで何も見えなくなることがある。決して暗いから落ち着かないのではなく不安な闇が、不安な静寂が全身でひしひしと感じられるからに他ならない。シーヴルが側にいることだけが唯一の救いだ。

さようなら、私を愛してくれた家族
さようなら、事情を知りながらも良くしてくれた皆
さようなら、約九年間過ごした場所

彼女の中にはただ不安があるだけで、不思議と逃げたことに対する後悔は無かった。

 

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