微笑みを絶やさずに


「突然こんな所にお呼び立てして申し訳ありません」

私は仕事が終わったズミさんをヒャッコクシティの日時計の前に呼び出しました。時刻は22時近い。これくらいの時刻でないと私が彼をこの格好で呼び出すのは叶わなくなる。

「いえ、…驚きました。あまりにも突然でしたので。」

「すみません、でもこの姿であなたに会うにはこの時間くらいが一番都合良さそうだったので」

そうですか、と言う彼は厚めのジャケットを着てマフラーを巻いている。ヒャッコクシティは雪が降る街なので冷える。対して私はいつも通りの格好で彼はそれを見て、寒くないのですか?と私に尋ねる。

「はい、これくらいなら…」

そう言う私にズミさんは彼が巻いていたマフラーを巻いてくれた。強がりだと思われている。

「ズミさんが身体冷やしちゃいますよ?私は平気ですから」

そう言いながらマフラーを外そうとする私にズミさんは穏やかに笑った。

「あなたこそ身体冷やしますよ?女性なんですから、もっと身体を大事にしてください」

「…ありがとう、ございます。」

そう言われてしまうと反論出来ない。理由を話すまでにはもう少し時間が必要だから。

「…それで今日ズミさんをお呼び立てしたのはですね、あなたに伝えたい事があるからなんです」

「あなたが直接伝えたい事があるだなんて、珍しい事もあるものですね」

彼はそう言うと少し笑った。心臓の音が煩い、表情がこわばりそう、だが私は微笑みを絶やしてはならない。

「私、自分でもあまり信じられないのですが…あなたの事が好きなんです。」

彼の答えを聞く前に逃げ出したくなる衝動を抑え、彼に向かって笑みを作る。

「…ありがとうございます。その気持ち、とても嬉しく思います。」

ズミさんはとても真摯な様子でそう私に言った。彼がどこまでも完璧な人に見える。

「…でも、私はあなたの気持ちには答えられそうにありません。」

分かっていました、きっと彼が私に出す答えはそうなのだと。手足が震える。

「そうですか、ありがとうございます。」

彼から見ると彼に気持ちを伝えた私の意に沿うものではない返事をしたのに笑う私が不思議でならないのだろう。

「ズミさん、これで良いのです。何もかもが元の形に戻るだけです」

自分で言いながら少し目尻が熱くなってくる。私の気持ちとは裏腹に出てくる涙に少し苛立つ。

「どういうことでしょうか?」

「意味分からないですよね、それではダメですか?」

涙を流しながら、微笑んだままの私に彼は困惑している。違うんです、私の心の方はとても今穏やかで、笑っていたい。私が言った言葉に彼からの返事はない。彼の言葉からするに、彼にとっては特別な事は何一つしていないのだ。私にとっては違っただけで。

「私、悲しくて涙を流している訳ではないんですよ…気持ち的には寧ろ清々しいくらいで」

伝えただけで満足している自分は我ながら薄情だと感じる。

「…あなたに気持ちを伝える事が出来ただけで良いんです」

私は先程ズミさんが巻いてくれたマフラーを外し礼と共に彼に手渡す。そして

「ズミさん、これでさようならです。どうか、お元気で」

と別れを告げた。涙は止まらないがとてもやり切った気持ちで一杯だ。

 

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