本心に近い言葉


目が霞む。ふらふらする身体を何とか奮い立たせながら朝方の冷えるヒャッコクシティを歩く。

「…まさか、こんな早く…」

そんな私とは対照的に朝日が海の向こうの水平線に上り始めている為に、夜の海のダークブルーに日のオレンジが滲んでいる。

「…でも、これで…」

家に着くなり立ち上がる力も入らずに閉めたドアにもたれて崩れ落ちる。音に驚いて起きたシーヴルが心配そうに鳴いた。私は彼女に大丈夫、と一言告げるとそのまま眠りに落ちたのだった。

・・・

「ズミさん、今日は確かミアレシティの有名なガレットを食べに連れて行って下さるとの事だったと思うのですが…」

セヴリーヌから突然連絡が入ったので何かと思い答えると、風邪を引いてしまったとの事。“痴れ者が!”と言いたい気持ちを抑え彼女の話を聞いていると少し前から風邪気味だったにも関わらず冷えが激しかった先日エイセツシティをうろうろしてたのだと言う。気付けば“痴れ者が!”と叫んでしまっていた。

「きちんと食べないとダメですよ、食欲無くとも」

「ええ」

「そして大人しく寝てくださいね」

「分かっていますよ」

セヴリーヌは、ズミさんは母親の様ですね。なんて悠長に笑ってる。風邪気味なのに寒い所を彷徨くとどうなるかくらい予見出来る人になってください。と言うと、すみません。と大人しくなった。

セヴリーヌに大人しくしていろ、とは言ったものの彼女との約束の為に今日は一日休みにしてある。どうせロクな物食べないに違いないと思うと何だか放って置けなくなってヒャッコクシティの彼女の自宅を訪問する事にした。家の場所は前にヒャッコクシティまで送った時に把握している。世話を焼き過ぎかもしれない、と思うが人として不安定さがある彼女の事を考えるとやはり放って置けないという結論になる。

呼び鈴を鳴らすが反応がない。物音すらしない所を見ると寝てしまっているのか、と思いながらドアの前で暫し立ち尽くす。眠って居るのだとしたら起こすのも悪いと思いその場を立ち去ろうと決めた時、ドアが小さく開いた。

「ズミさん、どうしてここに?」

「何故って、心配だからに決まっているじゃないですか」

「ふふ、今日は一日お休みだったのでしょう?ご趣味などはお持ちではないのですか?」

彼女は微笑みながらもその様な事を言ってくる。とはいえ風邪というのは事実の様で顔が赤く、どことなく怠そうである。

「大きなお世話です。趣味くらいいくらでもありますよ」

と、見栄を張ってみたものの多趣味と言える程の数はない。

「心配して来た人に対してあなたはそんな事を言うのですか…」

と私が呆れた顔をすると彼女は、冗談ですよ。心配してくださるなんて思ってもいませんでした。と言った。

「あまりこう、心配される事ってないので何だかくすぐったいんですよ…」

「所謂照れ隠しですか?」

「そうとも言いますね、なんて…」

何だかいつもより更に話がしにくい。そう思っていると彼女が、立ち話も何なのでどうぞ。とドアを開けてくれる。


彼女の部屋はまだ物が少なく、生活感があまり感じられない。必要な物はある、という感じである。

「物、少ないんですね」

私がそう言うと彼女は、まだこちらに来て日が浅いですから。と言った。私に紅茶を淹れようとキッチンに向かうセヴリーヌに、構いませんから。と言い、ソファに座らせる。

「熱はあるのですか?」

「ええ、少し」

「食事は?」

「まだですが…」

案の定である。食べるつもりであるのかは謎だが、昼時はとっくに過ぎている。

「消化に良いもの、作りますからあなたは休んでいてください。良いですね?」

「え、いえ…それは、流石に悪いです。あなたに…」

いつも思うが彼女は変な所で遠慮する。病人は大人しくしてなさい、と言うと、今日はお言葉に甘えさせて貰いますね。と彼女は言い礼を述べた。

「それと、やはりあなたウィッグはしていない方が素敵ですよ」

「ふふ、二人きりになる事などないと思っていたのですが早速なりましたね…」

彼女は五日前の、二人きりの時はウィッグをしないという約束の事を言い笑っている。私もまさかこんな形であの約束が早速果たされる事になるなんて思ってもいなかった。

「でもそう言ってくれる人が誰か一人でも居るという事が私は堪らなく嬉しい…あなたは私を喜ばせるのがお上手ですね」

「本当の事を言っただけですよ」

ウィッグをしている時の彼女よりも心なしか彼女の本心が垣間見える様な気がする。恋人でも友達でもない、ただの知り合いの彼女をもう少し知りたいと思っている事に我ながら少し驚いた。

 

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