いつかの為の約束
あなたに興味があります、と言われてから早一週間が経った。その間連絡を寄越す事も無く、勿論会う事も無く。身体が浮き立つような台詞を吐いておいて何なのでしょう、と思っていた所にあれから八日目にして漸くセヴリーヌから連絡が入った。
「もし宜しければ、ミアレシティでお茶でもどうでしょう?おすすめのカフェあれば教えてくれませんか?」
と。夕方からレストランの仕事があるので、それまで行きましょう、と彼女に返す。
・・・
「すみません、あんなこと言っておきながらなかなか連絡する事が出来ませんでした」
彼女は私に会いカフェの席に着くなり一番に詫びた。自覚はあった様ですね。
「いえ、何かあったんですか?」
「ええ、少し立て込んでいまして…」
詳しく話す気はない様です。大体予想はしていましたが。
「ズミさん、どうかされましたか?私の事で怒らせてしまっていたならすみません」
「いえ、別に怒ってなど居ませんよ。失礼、目付きはあまり良くない方でして」
余程私は険しい顔をしていたのだろう彼女は肩をすくめている。元々目付きが良くない事が相まって怒っていると勘違いされる事はよくある。
「気になっている事があるのです。お尋ねしても?」
「ええ。何でしょう?」
「あなたはご自分の髪を奇妙だから隠している、そうでしたね?」
私がその事について触れると彼女は身体を一層固くした。
「ええ、いけませんか?」
「いけない、と言うか勿体ないと思うんですが…」
私がそう言うと彼女は豆鉄砲を食らった鳩の様にポカンとしている。おかしな事言いましたかね?
「……すみません、その様なこと言われたのは初めてで。隠しているのは奇妙だからという理由だけではないのです」
「そうですよね、何となく分かっていました。他に理由があるのだと言う事。」
「それが何かはまだ言えませんが、そういう事です」
彼女は目の前にある紅茶に口を付けて小さく微笑んだ。この紅茶好みです、なんて言いながら。
「まだ、ということは?」
「…そうですね、考えておきます。」
私の目を見据えて言う辺り、いつかと言ってはぐらかすつもりではない様だ。
「では、私と二人きりの時はそのウィッグ取ってくれますか?」
私がそう聞くとこれまた唖然としている。
「…二人きりになる事ありますかね…?」
「分かりませんが、少なくとも私はそのままのあなたの方が興味あります」
「…ふふ、ありがとうございます。分かりました、二人きりの時はその様に。」
彼女はそう言いました。二人きりになる事など無いかもしれませんが、約束しないよりは良いと思うので。そこで漸く私も冷めてしまった紅茶を飲む。
「………」
ガタン
異様な沈黙に疑問を感じていると、彼女は突然立ち上がり、走り出した。私は突然の事に反応出来ず彼女を目で追うことしか出来ずに居たが、急いで代金を机に出しセヴリーヌを追う。
「待ってください!」
私が追う前を違う人影が彼女の後を追って走っているのが分かった。何故、逃げるのでしょうか。
「待ちなさい!セヴリーヌ!」
口調からしてどうやら女性らしい事が分かったが、なかなかどうしてその女性も走るのが速い。セヴリーヌがミアレシティの裏道に入ったのを確認し、私も別の道から裏道に飛び込んだ。
・・・
確実に息が上がってくるのが分かる。少しばかり鍛えているのでそれなりの速さでそれなりの距離を走る事は出来るが、突然の事で気が動転しているので気持ちに余裕がない分すぐに疲れが出てくる。
「止まって!」
そう言われて止まるくらいなら逃げていない、と思いつつ前に迷い込んだミアレシティの裏道をあちこちで曲がりながら走り抜ける。
「セヴリーヌ、こちらです!」
「ズミさ、ん…!?」
後ろを追っていたはずの彼が建物の影より私を呼び寄せたことには驚いたが大人しく彼に従い彼と共に走る。
「…っ、どちらへ?」
「付いて来てください!」
暫く走ったが、複雑な所に入りある建物の中に身を潜めた。
「…巻けましたか?」
「恐らく…」
「ここは、私が働くレストランです。裏口ですよ」
私が疑問に思っていることを汲み取ったのか、彼が間髪入れずにそう説明した。
「…何故、逃げたのです?」
「すみません、…驚かせてしまって。彼女は私の姉です…今は見つかる訳にはいかないんです」
嘘を吐いても何れは分かることだと思い話す。とはいえ、そう遠くない内に見つかる事だろう。
「お姉さんから逃げているのですか?」
「正確には兄と姉からですが…」
ズミさんの表情から、困惑しているのが伺える。彼はそこからは何も聞いてこなかった。
「あの日、ここに迷い込んだ時の“念のため”ってこういう事だったんですね?」
「…バレちゃいましたか」
「やっと意味が分かりましたよ」
私が八日前に言った言葉を覚えているだなんてと思ったが、質問に対し敢えて噛み合わない返事をしたのだから印象に残っていても不思議ではないのかもしれない。
「そのお陰で行き止まりは避ける事が出来ました…無駄だと思う事もしておくべきですね。」
「…それって、迷子じゃなかったって事ですか?」
ズミさんの問いに私は笑った。意図的な迷子は迷子の内に入らないのでしょうか?
「…ふふ、どうでしょうね」
私がそう言うとズミさんは溜め息を吐き首を振った。
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